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2006年10月03日

余命一ヶ月の宣告! 末期癌から生還した父

 昨年から今年にかけて、父の病を契機に御本尊様の大功徳を体験させていただきましたので、そのことについて発表させていただきます。

“病いは仏の御計らいか”
一家で信心に奮い立つ

昨年六月二十五日の夜、三重県に住む父親が緊急入院したという連絡が入りました。東京から急いで病院に駆けつけると、そこには悲惨としかいいようがない父の姿がありました。
 身体中が黄疸で真っ黄色、白目まで真っ黄色になっており、身体は衰弱してまともに起き上がることもできず、枯れ果てた声を出すのが精いっぱい、という状態だったのです。いつ逝ってしまっても不思議でない病状であることは、容易に察知できました。
 父は若い頃から大量にアルコールを飲み続け、もともと重度のアルコール依存症でした。
 私が高校時代に日蓮正宗の信心を始めた時には、殴る蹴るの猛反対をしていましたが、十五年前、妹の病気を契機に入信しました。
 そして、苦しみのどん底から救っていただいたことで、御本尊様は本当にありがたいという思いを持ち、勤行に励むようになったのですが、その後もお酒を飲み続けるうちに、やがて大量のアルコール摂取のせいで、日々の勤行さえも疎かになっていったのです。
 私は、そうした父の状況を知っていながら、真剣に変えるよう取り組んでこなかった、自分のいい加減さを責めました。
 担当医師よりは、レントゲンとCTスキャナーの映像を見せられ、受けた説明は恐ろしい死の宣告でした。
 「末期の肝臓ガンで、余命は一ヶ月です。すでにガンは肝臓全体に広がっており、残念ですが、もはや治療法はありません。腹水も溜まっており、食道に静脈瘤があり、また胃潰瘍もあるので、そこから出血すると、急激に血圧が下がりショック死のような形で亡くなってしまう可能性もあります。黄疸もこれ以上、良くなることはありません。」
私はある程度、覚悟はしていたものの、この宣告を聞き、あまりの厳しい現実に愕然としてしまいました。
 講頭に状況をご報告すると
 「御秘符をいただければ、と思うだろうが、御秘符は病院の薬とは違います。大聖人からの御相伝によって、御法主上人猊下が御本尊の御力を込めて作ってくださるもので、信心がなければ効き目は現われません。もう一度、お父さんが勤行に励むようになってから申請を出してください」
と、御指導いただきました。
 父親の極端な身体の衰弱を考えると、五座三座の勤行をさせられるだろうか、と思われましたが、家族皆で必死に父を支え、病室で一緒に勤行していく中、なんとか勤行唱題ができるようになりました。
 また、これを契機に、しばらく勤行できていなかった母親も朝夕の勤行をするようになり、妹は一日六時間以上の真剣な唱題に励むようになりました。
 まさに大聖人様の
「やまひは仏の御はからひか。そのゆへは(中略)病によりて道心は起こり候か」
(御書九〇〇頁)
との御金言どおり、この重大な病によって、家族皆が信心に奮い起つことができたのです。(拍手)
 そして、昨年七月六日、ありがたくも無事、御秘符を頂戴でき、謹んで服させていただいたところ、それ以後、まさに御本尊様の御力、御仏智であるとしか思えない不思議な現証が起こってきました。
 まず、病院側より、もはや手遅れなので、最期くらいは家で迎えさせてあげた方がよいのでは、といわれ、父を退院させることになっていたのですが、その直前の七月十六日、父は静脈瘤が破れて、二リットルという大量吐血をし、血圧が極端に下がり、命も危険という状況に陥ったのです。
 直ちに当病平癒の御祈念を小川御住職様にお願いし、家族全員、泣くような思いで真剣に御祈念していったところ、迅速で適切な処置の甲斐あって、父は無事命を取り止めることができました。
もし退院後に吐血していたら、そのまま死亡していたことは間違いなく、このことを振り返ると、御本尊様の御仏智で父の命を守っていただけたとしか思えません。
 その翌日、大草講頭に遠路青森まで講員の個人指導に御足労いただいた折、私も同行させていただき、その道中で、父親の状況を詳しくお話いたしました。講頭は、
 「体力のなくなったお父さんにとって、勤行するのが精一杯であるとしたら、命のつながった身内である君自身が精いっぱい、折伏・育成をして、その功徳をお父さんに廻らすしかないのです。
 昨年、五十一支区では毎月の折伏の誓願を破ることが多かったが、君が本当に死に物狂いでやれば、毎月の折伏誓願だって達成できるハズだ。まだまだ精いっぱいやっていないのです。ここで、本当に精いっぱいの闘いをして、大功徳を積めば、まだまだお父さんを延命させる可能性は十分にある」
と教えてくださいました。

懸命な折伏・育成に起つ
未達なら死と覚悟

私はこの講頭の御指導がありがたくて、ありがたくて仕方がありませんでした。
 すでに医師から宣告された余命一ヶ月は過ぎようとしていましたが、私は必ず父親の命を救うべく、折伏と育成を精いっぱいさせていただこうと強く決意し、腹を決めました。
 また、私が何の迷いもなく、そのように心から決意することができたのは、すでに、先駆者として、大草講頭と佐々木支部長が凄まじい体験・実証を示してくださっていたからでした。
 大草講頭は、お父様の延命・成仏を願って五十日間連続で総本山の丑寅勤行に通われ、その講頭の凄まじい一念によってお父様が成仏されたという、想像を絶する熾烈な闘い。そして、佐々木支部長は、ガンで余命二週間と宣告されたお父様を救うために、京都で一気に二百世帯の折伏を進め、まったくのゼロから現在の京都・三十四支区ができるところまでの凄まじい折伏を遂行され、その大功徳により、お父様は一年半もの延命が叶い、成仏されたという体験でした。
講頭や佐々木支部長のような闘いをすれば、父の延命・成仏という最も困難な祈りも必ず叶う、否、ここまでやらなければ親を救うことはできないのだ、と強く確信いたしました。
そして、まず、昨年九月の第二十五回総会に向けて精いっぱい結集闘争に励みました。その結果、五十一支区として、初めて三百名以上の方が総会参加を約束してくれ、これまでにはない大結集が成ったのです。(拍手)
 そして、総会直後の十月よりは、講中挙げての折伏戦が開始となりました。
 これまで五十一支区では、一年のうち、半分以上の月が、折伏誓願を破る結果となっていました。しかし、私は
 「すでに父の余命は過ぎてしまっている。これからは、毎月の折伏の誓願を果たし続けて、その功徳を廻していくしか、父親を救う方法はない。月の折伏誓願を破る時は、おそらく父親が死ぬときだ。だから、やったけれどもダメだったなどという失敗はけっして許されない」
と、自分に言い聞かせ、支区の皆さんと共に毎月の折伏に精いっぱい挑みました。
その中で支区の状況も一歩一歩変わっていき、班長会や班座談会を開催し、折伏の大事を訴えていく中で、折伏に起ってくれる人が一人また一人と増えていき、今までなかなか折伏が進まなかった班でも、徐々に折伏が進んでいきました。
また、折伏の決定率をなんとしても上げなければならないと、「折伏入門」「折伏必携」等の書籍の研鑚を、支区の班長会において重ねていく中、自分の手伝う折伏の決定率もどんどん上がっていきました。
 そのため、私が折伏のお手伝いをした班員さんが、喜んでくれて「次回も必ず手伝ってください」と言って、新たな折伏対象者を連れてくるという循環となっていき、学会員の折伏と共に、一般の対象者の折伏もどんどん決定するようになっていったのです。

生まれ変わった五十一支区
果報は奇跡の延命!!

こうして、あの折伏ができなかった五十一支区は、第二十五回総会以後、今に至るまで、毎月の折伏を完遂し続けることができる支区に生まれ変わりました。
 そして、講頭がおっしゃったように、私自身が精いっぱい、育成・折伏に励み、仏様にお約束申し上げた誓願を毎月果たしてくる中で、父親には信じられない功徳の現証が現われたのです。
昨年七月に御秘符を頂戴し、猊下様に御祈念していただいた後、毎月、御住職に当病平癒の御祈念をお願いしてきましたが、その中で、見る見るうちに、父は見違えるように元気になっていきました。
 体調は順調に回復し、絶対に無理であろうと思われていた退院も許され、自宅療養しながら週三回点滴治療のため通院することとなりました。
 当初、医師からは、けっして消えることはない、と言われていた黄疸も、すっかり消えてしまい、健常人の肝臓の数値にどんどん近くなっていきました。
 また、今まで患っていたアルコール依存症で、日頃から父は食欲もなく、酒ばかり飲むので、まともな食事などしたことがありませんでしたが、最近では旺盛な食欲が戻り、以前より体重も増え、「食事がこんなにおいしいと思ったことはない」というほどになりました。
私も母も妹も「父は絶対に死ぬまで酒を止めることができないだろう」と思っていましたが、この病を契機にアルコールを完全に止めることができ、健康にも留意するようになり、その生き方すらも百八十度変化してしまったのです。
今では、通院も週二回に減り、車の運転、仕事等、普通の人と全く変わらない生活がおくれています。
 まったく、余命一ヶ月と宣告されてから、すでに一年二ヶ月がたっていますが、医師も、このぶんだと、さらに数年間の延命ができるのではないかと、言ってくれるようになりました。
(大拍手)
まさに奇蹟的としか言いようのないこの現証について、私はありがたくて仕方がなく、御本尊様の偉大な御力にひれ伏すしかありません。
御秘符を賜わり、御祈念もしてくださった猊下様、何度も当病平癒を御祈念してくださった小川御住職様、そして常々適切な御指導をしてくださった大草講頭、佐々木支部長、中西支部長等の諸先輩方に、心より御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
さて、父親の命を救っていただいたことは一番の大功徳でありますが、折伏の誓願を果たしてくる中で、ありがたくも私の仕事上においても、大きな功徳を頂戴することができました。
私は現在、外資系企業にセールスマネージャーとして勤務していますが、大手顧客の新規開拓が次々に叶って売上も急増し、その結果、六月には年収が一気に二百万円も増えることとなり、経済的にも非常に楽になりました。これで、今まで以上に、折伏に、御供養に励むことができます。
また、折伏については、けっして現在の状態で良しとするのではなく、早期に誓願を果たし、さらに大きく誓願を上乗せして果たしていけるところまで成長しなければ、五万世帯・三十万世帯に向けての御奉公は叶わない、と思います。
 そのことを肝に銘じて、さらに大きく折伏を進め、猊下様の御期待に一分でもお応えしていけるよう、これからも全力で折伏に闘っていきたいと思います。
どうもありがとうございました。(大拍手)