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2006年10月09日
池田宣揚本でさらなる洗脳を企む学会
あまりに馬鹿げた偽りの池田大作観
九月十九日、『池田大作の軌跡 評伝・平和と文化の大城』なる書籍が、全国の書店で一斉に発売された。発行は潮出版社。月刊誌『潮』に連載中の「平和と文化の大城 池田大作の軌跡」なる企画記事の、本年一月号から八月号に開催された分を一冊にまとめたものである。
「評伝」という語句からは、公平・中立な立場で批評した伝記、という印象を受けるが、さにあらず。
これまでの池田大作の功績(?)については、思い入れいっぱいに書く一方、不都合な事実には一切触れようとしない、まったくの片手落ちなもので、改めて述べるまでもなく、池田大作のいっそうの神格化を計るためのプロパガンダ本だ。
そんなくだらぬ本だが、あえて無視しておくわけにもいくまい。
なぜならば、今、宗門攻撃の急先鋒として法華講員の前に立ちはだかる創価学会青年部は、二十後半代から三十代前半が主流。つまり、今回の学会問題が表面化した平成三年頃は、まだ小学生か、せいぜいが高校生で、それ以後、今日まで、創価学会にとって都合のいい歴史しか教えられてこなかった連中である、ということ。そして同書が、彼等の誤った歴史観をさらに増長させるような、恣意(しい)的な編集を行なっているからである。
「名誉を金で買ったことはない」!?
ならば、次の証言・事実に何と釈明?
一例を挙(あ)げよう。同書の「中南米への旅」という章には、次のように明確な「嘘(うそ)」と「虚構(きょこう)」がある。
まずは、「たとえ相手が国家元首でも」との項。
「くだくだしい説明の必要もないと思うが、池田会長の海外での人間交流のほとんどは、前述のような無名の庶民とのそれが占めている。国家要人等との交流は、全体のごく一部に過ぎない。
むしろ、たとえ相手が国家元首であろうと、筋は通す。道理に合わない話は断る。(中略)
こんなケースもある。
某国の元首との会見の打診があった。話が煮詰まるかにみえた矢先、先方が『いくら出すんだ』と要求してきた。
会長は話を一蹴(いっしゅう)した。
金を求める相手を拒絶しているのに『金を出して会っている』と正反対のデマ
を書かれている現実がある。」
この、金を要求されたので会見を断わった≠ニいう事実があったかどうか、そんなことはどちらでもいい。問題は、創価学会の方から、金品に絡(から)めて何かを要求したことがあるか、どうか、だ。
これについて平成四年四月、スペインSGIの元理事長・野口信之氏は、『広布』紙のインタビューに応え、
「(かつて池田大作がスペインを訪問することになった際)『図書贈呈と引き換えに、マドリード大学の名誉称号をもらえないかね』と、第一庶務から指示がありました。図書の見返りを要求した、ということですね」
と語っている(※ただし、マドリード大学は、この要求をまさに一蹴≠オたという)。
一方、昨年八月には、韓国・忠清大学(同大学は池田大作に名誉称号を贈った)の学長が、SBS(ソウル放送)のインタビューに対し、
「創価大学は私に名誉博士号をくれたし、創価学会は我が校に、図書資金として五千万ウォン(五百万円)、発展基金に二億ウォン(二千万円)、文化祭に三億ウォン(三千万円)出してくれた」
と答えている。
このように、池田大作に名誉称号を贈った大学が、その一方で、創価学会から多額の寄付を受け取っていた、という、まぎれもない事実も存在するのだ(※SBSは、その見返りとして大学が名誉教授の称号を贈った、とした。これに対し『聖教新聞』は後日、同学長が称号は池田の様々な業績を評価して贈ったものであって、寄付金に対する見返りではない≠ニSBSに抗議し、SBSが訂正放送を行なった、と報じたが、寄付金の授受そのものについては否定しなかった)。
「池田会長の観察観は鋭い」!?
池田の交友歴がその嘘を粉砕!!
また、「裏方たちのヒーロー」という項には、こうある。
「池田会長には、独特の着眼点がある。青年時代から、名所旧跡の類(たぐい)に執着しない。むしろ市民が暮らす町中や通りを、素早く動いてみる。(中略)
人間の表情。しぐさ。声の響き。それらから、大きく国情や国民性を観じとる。いわば『観光』でなく『観人』『観国』である。
共産主義体制が崩壊する前の東欧を訪問した。出国する航空機の中。党の要人が搭乗するまで離陸できない。みるみる乗客の表情が無力に打ち沈んでいく。やがて乗り込んできた要人の、勝ち誇ったような、尊大な顔。そんな場面から政治家と民衆の関係性を掬(すく)いとっていく。」
これを読んだ学会員は、「池田センセーの観察眼は、ことのほか鋭く、各国要人の資質まで簡単に見抜いてしまうのだ」と思い込むのだろうが、それはとんでもない話。
というのも、池田はかつて、ルーマニアの独裁者・チャウシェスク大統領や、パナマの麻薬王・ノリエガ将軍との親密な関係を誇示していたのだから――。
昭和五十八年六月八日、池田はチャウシェスクと会見した際、チャウシェスクに対し、「大統領は愛国主義者であり、平和主義者であり、民族主義者であることが、よく理解できました」と、最大級の賛辞を贈った。
ところが、それから六年後の平成元年十二月、ルーマニアの新政権・救国戦線評議会は、多数の国民の虐殺(ぎゃくさつ)に関与した罪などで、チャウシェスク夫妻を死刑に処してしまったのである。
この時、ブカレスト市民は、「我々は、二十年以上も苦しめられた」と語って快哉(かいさい)を叫び、ルーマニア人ジャーナリストは、「個人的には大統領の処刑を望んでいたが、(罪状を暴〈あば〉き出すために)もっとゆっくり殺してほしかった」と語った。池田が「愛国・平和・民族主義者」と誉(ほ)め称(たた)えたチャウシェスクは、じつはルーマニア国民から鬼畜のように恐れられ、また憎まれていた独裁者だったのである。
すると、池田は、かつての自らの発言を亡失してしまったのか、無節操にも
「民衆の総意による新生ルーマニアの誕生を私は、両手をあげて祝福いたします。(中略)『民衆が勝った』『人間の叫びが勝った』。私どもはもちろん、権力悪と戦う世界の民衆勢力に、強い勇気を与えてくれました」(平成二年一月六日、新生ルーマニアのブラッド駐日大使との会見において)
などと、チャウシェスク政権の転覆(てんぷく)に喝采(かっさい)を送ったのであるから呆(あき)れる。
さらに、昭和六十年五月三十日、池田はノリエガと会談した。その際ノリエガが、「昭和五十六年訪問の際、(ノリエガと池田で)パナマと中米平和の未来を語り合ったフラメンコ島は、今やその意義をとどめて『ミラドール・イケダ(池田展望台)』と命名した」と述べた。
これに対し池田は、「大変に光栄です」と、将軍の厚情(こうじょう)に謝しながら、「中米諸国で内乱とか紛争のある国が多いなかにあって、将軍の指導されるパナマの国にそれがないことは、まことに喜ばしいことである」と、ノリエガに賛辞を贈った。
そして、池田展望台の返礼として、静岡県富士宮市の創価学会万野原会館に「ノリエガ庭園」を造り、ノリエガを招待したのである。
それほどに池田と「蜜月」であったノリエガは、平成元年十二月、パナマに侵攻したアメリカ軍によって捕らえられ、麻薬密輸の罪で懲役四十年の刑(後に三十年に減刑)に処せられて、現在も服役中。
そして、ノリエガ逮捕のニュースが流れるや、「ノリエガ庭園」に設置されていた二人の親交の証(あかし)のモニュメントは木箱で隠され、いつの間にか撤去されてしまった。
この二つの実例に明らかなように、池田には、人を見る目など皆無なのだ。
「トインビー対談に世界が注目」!?
博士の孫娘は池田の実像に幻滅
さらに、「トインビー対談が開いた扉」という項。
「海外では、池田会長とイギリスの歴史家トインビー博士の対談集を愛読する識者、指導者が少なくない。結果として、会長への関心を集め、評価を高める契機になっている」
とし、その証左として、池田と会談した海外の要人・識者の、二人の対談について誉め称えた言葉を列記してみせる。
だが、それはトインビー博士という対談相手があっての話。
しかも、この対談集、英語版が発刊されたのは、トインビー博士の逝去(せいきょ)後のこと。ゆえに、トインビー博士が同書をどのように評価したか、また、博士の、池田に対する評価に変化があったかどうかを知ることは不可能だが、トインビー博士の孫娘にあたるポーリー・トインビー女史の池田大作観は興味深い。女史は、池田から招待され、来日した時の印象を、イギリス・『ガーディアン』紙(一九八四年五月十九日付)に、手記として発表しているのだ。
女史は、池田の印象を、次のように記している。
「私は多くの有力者と会ったことがあります。それは首相をはじめ、様々な分野の指導者たちですが、しかし、池田氏のように、絶対的権力者の雰囲気をにじみ出させた人物と会ったことはありませんでした。
彼は、おそらく長年にわたり、あらゆる自分の気まぐれを押し通し、すべての命令に従わせ、そして、それに対する反論や軋轢(あつれき)に触れないよう、守られてきた人間なのでありましょう。
私は、めったに恐怖を感じることはないのですが、彼の中にある何かに、私は体の芯までゾッとさせられました。」
そして、こんなことも。
「もし、祖父があれほど年老いていなかったら、また、もし祖父が池田氏のあの異様な取り巻きと雰囲気の中で会っていたならば、けっして池田に力を貸すようなことにはならなかったと思います。」
池田宣揚本の一つの章の中にも、これだけの「嘘」と「虚構」が織(お)り交(ま)ぜられている。もし、この本全体を丸ごと、否、秋谷栄之助が『創価新報』に連載中の「創価の正義と真実を語る」や、『大白蓮華』が連載を続けている企画記事「師弟に生き抜け!」など、池田の来歴を記したもの全てを精査したなら、いったい、いくつの「嘘」と「虚構」が見つかるか、想像もつかない。
そして、池田大作の実像を知る由(よし)もない、哀れな創価学会青年部は、「嘘」と「虚構」によって作り出された池田大作観・創価学会観こそ「正義と真実」だと思い込み、「師弟に生き抜け!」とばかりに、今日もまた、堕地獄の因を積み続けているのである。
その彼らの迷妄を開くため、我々こそが、声を大にして、本当の「真実」を語っていかねばならない。