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2007年03月19日
相次ぐ公明党議員の不祥事!
報告書の盗用に政調費の不正支出
その根本原因は正法違背にあり!
「私利私欲を捨て、民衆の幸福実現のために愚直(ぐちょく)に闘う議員の気風を作り上げる」「腐敗・堕落(だらく)した不知恩の議員は出さない。その決意のもと、不断の党改革に取り組む」――昨年九月、新代表の太田昭宏がこう宣言して出発した「新しい公明党」。
しかし、その直後に公明党目黒区議団の政務調査費の不正流用が発覚し、大きな社会問題になったと思ったら、今度は、政務調査費の問題が広島で、海外視察に絡む不祥事が福岡で、それぞれ発覚するという異常事態となっている。
太田昭宏が言う「私利私欲を捨て、民衆の幸福実現のために愚直に闘う議員」なるものは幻か?「腐敗・堕落した不知恩の議員は出さない。その決意のもと、不断の党改革に取り組む」との「決意」は、いったいどこに消えたのか。公明党の看板倒れの姿勢を糾(ただ)す。
公明市議が出した海外視察報告書
じつは他人の文章を改竄・盗用!
二月九日、共産党福岡市議団の指摘により、公明党福岡市議会議員が行なった海外視察に関する、常識外(はず)れの実態が明らかになった。
問題の海外視察とは、公明党市議団が平成十七年に実施した欧州への視察旅行で、同市議団は帰国後、これは視察に名を借りた観光旅行ではないか、と疑われても仕方のないような報告書を市議会に提出していた。
すなわち、このA4で二十四枚にのぼる欧州視察の報告書のうち、なんと約八割が、旅行業者や日本福祉施設士会のホームページ、さらにはインターネット百科事典「ウィキペディア」の記述を丸写し≠オたものだったのだ。
それらの出典先は示されず、中には、他人の所感を、あたかも自分達の所感であるかのように改竄(かいざん)した部分まであるのだから、呆(あき)れて物が言えない。
その一例を示そう。
公明党市議が市に提出した報告書で、フィレンツェの高齢者施設についての記述は、A4用紙で二枚強。ところが、その半分近くは、日本福祉施設士会のホームページの記述の盗用だった。
しかもそれには、次のような改竄が加えられていたのである(まず、日本福祉施設士会のホームページに掲載された文章を紹介し、その後に公明党市議が市に提出した文章の対応部分を紹介する。原文には波線を付し、市議が改竄した部分はゴシック化した)。
「各訪問地でのお話しをうかがううちに、強い地方色や格差があり、地方主義のあることがわかります。」
「ガブリエル所長にお話を伺っているうちに、強い地方色や格差があり、地方主義のあることがわかりました。」
「上記に似たような動きは、今までの視察旅行でオーストラリアや欧米各国でも見られたものです。私的社会事業もしくは救貧から公的社会福祉への移行、そして民間の力の導入という動きは何か共通していると感じます。
「上記に似たような動きは、〔不都合な部分であるため削除〕私的社会事業もしくは救貧から公的社会福祉への移行、そして民間の力の導入という動きは何か世界で共通していると感じます」
「他方、社会福祉サービスについては有料であり、年金による負担や個人負担そして公的扶助が混在しているとのことです。
児童問題でとくに関心を引いたことは、2006年までに全国で4万人が生活している孤児院もしくは児童養護施設を閉鎖するということでした。全国養子縁組教会は、「すべての子どもは家庭を持つ権利がある」との大前提を立て、実親に養育能力がない子どもに養子縁組による新しい家庭を与える制度と仕組みを作りつつあるとのことです。しかし、その中で、障害や病気を持つ児童については養親も里親もなかなか見つからない現状であるようです。また、里親制度については、イタリアも里親のなり手が少ないという悩みを抱えているようです。実親による児童虐待、親の麻薬中毒や重度の精神障害が養子縁組の理由となるが、貧困はその理由とはならないとのことでした。そして、里親不調や養親・養子間不調についてどうするかとの問いに対しては、やはりグループホーム等が必要であるとの見解でした。
高齢者福祉、とくに要介護に関しては、家族による介護とそれを支える介護手当制度が相当程度機能している感じでした」
「他方、社会福祉サービスについては有料であり、年金による負担や個人負担、そして公的扶助が混在しているとのことです。
〔不都合な部分であるため削除〕
現状としては、高齢者福祉、とくに要介護に関しては、家族による介護とそれを支える介護手当制度が相当程度機能している感じでした」
かくして、日本福祉施設士会副会長海外セミナー二〇〇二団長・森田弘道氏の所感は、公明党福岡市議の所感に作り替えられ、それがそのまま、海外視察の報告書として平然と市議会に提出されていたのである。
これがいかに悪辣(あくらつ)な行為であるか、昨今の報道された事例を見ても一目瞭然(いちもくりょうぜん)であろう。
例えば、某地方紙の論説委員は、社説を執筆する際、他社の社説などから無断引用・盗用をしていた事実が発覚し、懲戒解雇(ちょうかいかいこ)された。
また、某有名演歌歌手は、作詞家に無断で本来の歌詞に手を加えたことで、その歌手の代名詞ともなっている歌を歌えなくなるかもしれない状況に追い込まれている。
こうした事例に照らしても、公明党福岡市議が行なった行為は、けっして軽いものではない。
報告書を作成した公明党市議は、まずは盗用した各方面・各氏に謝罪するのはもちろん、これまで支援を受けてきた支持者などに対しても謝罪し、その上で潔(いさぎよ)く身を処するべきだが、しかし、『公明新聞』のどこを捜しても、この事件に関する当該議員への処罰はおろか、謝罪の言葉の一つすら掲載されていないのだから、新生・太田公明党の感覚には呆れ返るしかない。
またまた発覚!政調費不正支出
今度は事務所費で自動車を購入
二月十六日、広島市の監査委員は、広島市議の、平成十七年度の政務調査費に不正支出があったとして、公明党など三会派の十三人に対し、約三百八十六万円の返還請求を行なうよう、秋葉忠利市長に勧告した。
これは、広島市の市民団体代表が、平成十七年度の政務調査費のうちの事務所費について、不当な支出がないか調査し、もしあった場合には市に返納させるよう求めたことによるもの。
しかして、返還請求額約三百八十六万円のうち、公明党(八人)に対する請求額は、なんと約三百五十八万円。不正支出の総額の、じつに九三%弱というのだから、ほとんど公明党による不正支出というべき額だ。
公明党広島市議が事務所費として計上した総額は、一千七百六十九万八千三百二十二円。そのうち、事務所借上料・駐車場借上料・電話代・水道光熱費を除く、「その他」とされる支出は、何と一千百八十二万五百三十二円にも上っている。
市議一人あたりに換算すると、じつに約百四十七万七千円! これは、他の会派の平均(約二十九万五千円)の五倍強という、尋常ならざる数字である。
しかも、その内容がまた悪質。昨年十一月に公明党目黒区議団の不正支出が明らかになった際、自家用車に取り付けたカーナビの代金が含まれていたことが発覚、世間の批判を浴びたが、『朝日新聞』の報道によれば、公明党広島市議の場合には、なんと、市議三人の個人名義の自動車の購入代まで含まれていた、というのだ。
広島市の監査委員の報告書によれば、その額は、三台分で計二百四十五万六千円。
この自動車の購入代について、監査委員は、
「自動車の購入は、資産形成の一面をもつことから、取得価格から一年分の減価償却費相当額を控除した残額については、当該年度の調査研究のために必要な事務所の設置及び管理に要する経費とは認められない」
として、百九十四万九千七百五十円の返還を求めたのである。
さらには、靴代・洋服代クリーニング代などの「生活費」、町内会費・懇親会費・政治資金パーティー代などの「交際費」、果てはデパートやスーパーマーケットでの、合計で七十四万円にも上る使途不明の支出など、公明党広島市議八名の「事務所費」は、乱脈かつ多岐にわたっていた。公明党目黒区議の前例に倣うなら、八名の公明市議も辞職して当然、といえる。
ところが、目黒区議のように総辞職するどころか、市議会公明党の幹事長と公明党広島県本部代表が、型どおりともいえる謝罪をし、不正支出分を返還したことで事足れり、としているのだから、これまた、公明党の常識を疑わざるを得ない。
「不断の党改革」は看板倒れ
その根本原因は正信の忘失に
このように、次から次へと明らかになる公明党議員の不祥事――。
公明党代表の太田昭宏は、党代表就任時のあいさつで、
「(『新しい公明党』とは)私利私欲を捨て、民衆の幸福実現のために愚直に闘う議員の気風を作り上げることです。(中略)腐敗・堕落した不知恩の議員は出さない。その決意のもと、不断の党改革に取り組み、公明党の新しい時代を切り開くべく闘っていきたいと思います。私は、その先頭に立って闘います」
と宣言した。
また、本年一月一日付の『公明新聞』の「主張」欄には、
「太田昭宏新代表のもとスタートした『新しい公明党』がめざすものは、既に明確だ。太田代表が訴えているように、『大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく』との立党精神を、より深く胸に刻み、自らの行動に現わしていく。その先頭に立つ議員が私利私欲を捨て、人々の幸福実現、地域社会の安定・繁栄に向けて愚直に闘う党風を築き上げることに尽きる。(中略)そう考えた時、支持者の皆様の真心に支えられながら、地域で黙々と闘う三一四〇人の地方議員こそ『新しい公明党』を築く陣列となる」
とある。
その、「『新しい公明党』を築く陣列」の面々がこの有り様では、「新しい公明党」とやらには、何も期待できまい。太田昭宏の声明も、とんだ空手形であったということである。
そもそも、公明党がこのような体たらくとなるのは、「仏法は体、世間は影」の道理に照らしても、持つところの信仰が、正法に背(そむ)く大謗法の邪教であるからに他ならない。されば、いかに代表の首をすげ替えようとも、党内改革に取り組もうとも、公明党の腐敗・堕落や失政が正されることはあり得ないのである。
また、心ある学会員は、こうした公明党の実態を見て、学会が大謗法であったことに気付くべきであろう。