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2007年03月19日

地涌倍増を目指して 東京都墨田区 本行寺

講中に満ちる折伏の気概
各種会合を軸に啓発し合って前進

戦後の焼け跡から復興し、大講中に

 墨田区向島にある本行寺は、第十七世日精上人の教化を受けられた本行院日優贈上人によって、寛永十五年(西暦一六三八年)、常泉寺塔中本行坊として開創された、本宗有数の歴史を持つ寺院である(寺号への改称は昭和十七年)。
 昭和二十年三月十日の東京大空襲に遭い、ひとたび本行寺の堂宇は焼失したが、これを再興されたのは、後の第六十七世日顕上人であられた。
 昭和二十二年に本行寺住職となられた日顕上人は、戦後の困窮と信徒離散の中、復興に尽力され、翌年、焼け野原となった旧地に十二坪の小堂を建立された。
 その頃、折りしも、大蔵省政令による官有地払い下げが実施されたのであるが、宗教施設に対する無償譲与の条件は、宗教活動の実践を証明する堂宇の存在が必要とされた。その検証期日ぎりぎりに、本行寺の堂が完成したのである。
 これによって、現在の境内地の基盤となる約八十坪の土地を、無償で取得できたのであるが、この不思議の現証は、日顕上人の篤き護惜建立(ごしゃくこんりゅう)の志に厳然と顕われた仏天の御加護、と言わずして何と言えよう。
 その後、ここに立派(りっぱ)な堂宇が建立され、日顕上人は、信徒の育成と折伏に心血を注がれた。その御教導のもと、本行寺法華講は、広布に向かう講中としての盤石な基礎が築かれたのである。
 昭和三十八年、本行寺住職に就任された高野日海御尊能化は、日顕上人の志を引き継がれ、寺域の拡大・本堂や法華講会館等の新築を成すとともに、当時の講頭である柳沢喜惣次氏(現・総講頭)をはじめとする、法華講員のさらなる育成に肝胆(かんたん)を砕かれた。
 そして、僧俗和合を基調とした講中制度を活用して、折伏・育成を進めてきた結果、本行寺法華講は現在、信行学に篤き講員一七〇〇世帯、約三〇〇〇名を擁する大講中となったのである。

余念なき折伏の対象者作り

 日顕上人・高野日海御尊能化と、次々に高邁(こうまい)なる指導教師を戴き、発展を続けてきた本行寺法華講の、平成二十一年に向かう志は熱い。
 講員は、都内の墨田区や近隣区はもとより、埼玉・神奈川・千葉・栃木・茨城と、関東各地に分布しており、法華講の組織は十七の地区に分けられて、地区ごとに日常の活動を展開しているが、御住職にしっかりと付き随う丸山幸治郎講頭を中心として、とくに本年は「地区の折伏成果が0の月を出さない!」を合い言葉に、どの地区も皆で協力し合って折伏に臨んでいる。
 その活動の原動力は、何と言っても、御講や唱題会への結集と、頻繁な会合の開催にある。
 講中全体としての定期的な会合は、御住職が法華講会館で行なう御書講義と勉強会、そして、壮年部会・婦人部会・中高部会・たけのこ会(少年部)の各部会、役員会、総合折伏座談会などがあり、それぞれ月一回設けられている。
 その中の各部会は、体験発表・決意発表・部長挨拶・講頭挨拶・御住職の指導と式次第が進められ、御住職の指導が隅々にまで浸透されるとともに、講員同士・地区同士が互いに啓発し合う絶好の機となっている。
 さらに、各地区では、地区長を中心に、ほぼ毎週、個人宅に集まって唱題会と打ち合わせをしたり、密に連絡を取り合ったりして、講中の方針を実践すべく、一丸となって取り組むのである。
 そうした中で、折伏の志気はいや増して広がり、一人ひとりが、まずは折伏のきっかけ作りに余念がない。
 たとえば、八十四歳の丸山キサ子さんは、たまに通りかかる道沿いの八百屋が『聖教新聞』で品物を包んだので、「やめてほしい」と言って、そこから継続的に折伏を始めており、また、同じアパートに住む知人には、総本山の写真集を持って訪ねることできっかけを作り、後日、幹部に同行してもらって折伏をした。
 そのように、講員は老若男女を問わず、「機を逃さず一言からでも」との思いで、縁ある人を次々と仏法の話に触れさせ、応援を得ての折伏につなげるのである。そして、たとえ一回の折伏で入信に至らなかったとしても、その後も、お寺の見学に連れて行ったり総合折伏座談会に参加させたりしながら、粘り強く折伏を続けていく。

御住職の徳に触れながら前進

 そうした中で、御住職に折伏を手伝っていただく機会に恵まれることも。
 墨田第2地区の平野さんが昨年から声を掛けてきたNさんは、今年になって、自ら「仏法の話を聞きたい」と連絡してきた。そこで、講頭を通じて御住職にお願いしたところ、御住職は快く折伏を手伝ってくださった。その時のことを、その場に参加した池田地区長は、
 「御能化様は、相手の悩みを聞き、その上で、相手の状況に応じて、現在の悩み・苦しみは先業によって起こっていることや、正しい信心でしか解決できないことなどを、諄々と説き、相手の質問にも、優しく的確に答えてくださいました。
 私は、御能化様がなさる慈悲の折伏に接し、多くの事を学ばせていただき、本当に有り難く思うと同時に、また頑張ろうとの気概が満ち満ちてきました」
と語る。
 高野御尊能化は、とくに昨年から宅御講に力を入れてこられたが、宅御講に新来者の参加があれば、その場で折伏となる。
 昨年、折伏誓願を完遂した東葛地区の松田芳江地区長は、
 「誓願を完遂した要因の一つに、宅御講があります。御法話、講員に対しての個別指導、質疑応答、折伏と、身近で御住職様のお話に接することができる宅御講は、和(なご)やかな中にもお互いに切磋琢磨できる、本当に有り難い会合です。
 昨年十月に地区で行なわれた宅御講では、新来者が三名参加し、そのうちの一人が、御住職様の折伏によって入信しました。
 私自身も宅御講に未入信の知人をお誘いしましたが、『御住職様が有り難いお話をしてくださる』と言ったところ、その方は、『ぜひ、聞かせてほしい』との反応でした。今の世の中、不安や悩みを抱えている人ばかりで、『高徳の方のお話を聞きたい』と願っている人はたくさんいるのだと思います。
 これからも、宅御講を活用させていただいて、折伏に結び付けていかなければ、本当にもったいなく、申し訳ないことだと思っております」
と語る。
 最後に、丸山講頭は、平成二十一年に向かう決意として、
 「我が本行寺支部は、御住職に高野日海御尊能化を戴き、柳沢総講頭を大先輩とする講中であり、また、御隠尊日顕上人猊下様が、戦後の焼け野原から立ち上げた講中であります。この因縁を深く自覚し、二年後の佳節に向け、全国の同志に後(おく)れることなく、僧俗和合して、『唱題第一』を合い言葉に、地涌倍増ならびに大結集の実現を果たすべく、精進していきます」
と、力強く語っている。
 じつに、本行寺法華講には、先駆を切る折伏の息吹が漲(みなぎ)っているのである。