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2007年10月17日

地涌倍増を目指して 秋田県湯沢市 本要寺

正信会からの脱会相次ぐ!
折伏の連鎖で活気づく講中

 本要寺は、秋田県の南部、豪雪と稲庭うどんで有名な湯沢市に所在する。
 本要寺の建立は昭和六十二年十二月、法華講は、平成五年六月に結成され、二十八世帯からのスタートであった。現在の御住職・小竹正素御尊師が、第四代住職として赴任されたのは、平成十五年十二月である。
 同市内には正信会に占拠された寺院があり、そこから脱会した人達もまた、現在の本要寺法華講の中枢を担う人材として活躍している。

始まった折伏の連鎖

 平成十七年に入講した三浦幸子さんもその一人である。
 三浦さんは、二十数年にわたって正信会に在籍していたが、宗門の悪口に終始する正信会僧の話にウンザリし、耳をふさぐようになっていた。当時のことを次のように語る。
 「正信会の寺の住職の話は、法を説くなどということはなく、荒々しい言葉で誹謗中傷を繰り返すばかり。これが人を導くべき立場の人の話かと、その人間性に失望してしまいました。そして、正信会の信仰そのものにも疑問を抱くようになり、『正しい信仰をさせてください』と、毎日祈り続けました」
と。
 そのような中の平成十六年の暮れ、三浦さんは、本要寺・小竹御住職とHさんの訪問を受けたのである。Hさんは正信会時代の友人だったが、その時はすでに、本要寺に所属する法華講員となっていた。
 三浦さんは、折伏されて話は分かったものの、これまで宗門批判をさんざん聞かされてきただけに、拒絶反応の気持ちが強く、どうしても素直な心になれなかったという。
 しかし、その頑(かたくな)な心を打ち破ったのは、小竹御住職とHさんの二度三度にわたる訪問であった。
 そして三浦さんは、初めて折伏されてから半年後の平成十七年六月、御主人はもとより、息子さん・娘さん・弟さんのそれぞれの家族、四世帯九名で本要寺の法華講員となったのである。
 初めて本要寺を訪れた時の印象を、三浦さんは、次のように語る。
 「本堂に入るなり、なんと空気が澄んでいることか、とビックリしました。それまで通っていた正信会の寺とは、空気からして、まるで違っていたのです。正しい信心でお題目をたくさん唱えていると、こうも違ってくるのか、ということを肌身に感じ、ただただ感激でいっぱいでした。」
 法華講員となってからの三浦さんは、総本山にも幾度か参詣してきたが、その中でも、
 「かつて正信会に毒され、血脈に疑問を抱いてしまっていたことを、御法主上人猊下にお詫び申し上げたい気持ちでいっぱいになりました。そして、今までの自分を悔い、心の中でお詫び申し上げました」
と語る。
 純粋な信心に立ち返った三浦さんは、昨年十一月に、正信会時代の知人である下山さん一家を正しい信心に導き、さらに、その下山さんは本年五月に、やはり正信会員であった石成さん夫婦に対する折伏を成就させた。
 このように、正信会からの脱会帰伏の連鎖が続き、また、帰伏した皆さんが喜んで信心に励んでいることから、本要寺法華講は、弥(いや)が上にも活気づいたのである。
 今、三浦さんは、
 「自分自身、正信会で生命に刻んでしまった害毒・罪障を、一日も早く消していかなければならないと思いますし、また、今も汚れの中にいる正信会員を一人でも多く、正しい信心に導いていかなければならない、と思っています」
と、爽やかに語る。

活動を支える原点

 さて、こうした本要寺法華講の活動を支えている原点は、何と言っても、小竹御住職の熱意と、「唱題の実践」の督励にある、といえよう。
 法華講としては「一日一時間以上の唱題」を合い言葉にし、寺院では、「広布唱題会」はもとより、毎週火曜日と木曜日の唱題会、そして、毎日午前九時からの唱題会も設けている。
 また、広布唱題会・御報恩御講・広布推進会を「月の三大行事」と定め、壮年部・婦人部・青年部ごとにそれぞれの結集目標を設定して、参加を推進している。達成できなかった月は、月末の役員会で、各部長を中心に反省会をする。小竹御住職は、
 「この目標数を設定しての取り組みを始めてからは、推進する側に使命感と責任感が芽生え、工夫や改善すべき点などが考えやすくなったように思います。もちろん、数だけに追われることのなきよう、参加の意義等、信心活動の本質を常に確認しあっていくことも大切だ、と考えております」
と語る。

「衣座室の三軌」を体し

 折伏活動として、一昨年は、学会員に対し、『折伏教本』を33種類に小分けしたプリントを作成し、週に一度、学会員宅に配布する活動を続けた。
 当然のごとく、学会の幹部達は、それをやめさせようとして、本要寺や法華講員宅に押し掛けてきたが、誰一人として怯(ひる)むことなく、最後の33枚目まで配布し終えたのである。
 このプリント配布の活動について、小竹御住職は、
 「これによる直接的な折伏成果はありませんでしたが、唱題して祈り、たゆまず活動していれば、思いもよらぬところから折伏の縁が出てくる、ということを学ぶことができました」
と語っているが、冒頭に紹介した、三浦さん一族の帰伏から始まる折伏の連鎖も、その功徳によるものだった、といえよう。
 昨年からは、大石寺発行のリーフレットや『正しい宗教と信仰』を携え、手分けしての訪問折伏を敢行してきたが、本年は、八世帯の年間折伏目標に対し、今現在、学会からの帰伏や一般からの入信も合わせて、六世帯の折伏成就を見ており、達成は目前まできている。
 現在、本要寺法華講は七十八世帯。小竹御住職は、
 「昨年の年初、日如上人猊下は、『衣座室の三軌』を心得て折伏に臨むべきことを御指南くださいましたが、常にその御指南を身に体し、僧俗和合・異体同心して、まずは本年の折伏目標を達成したいと思います」
と、決意を述べられた。
(慧妙・第355号より)