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2007年12月05日
砕け散った! 学会の謀略訴訟 裁判を維持できず訴えを取り下げ
訴えた狙いは法華講の折伏を停める事
組織主導で訴えたものの大恥曝す惨敗
このほど、さいたま地裁川越支部で進められてきた裁判で、注目すべき決着がついた。なんと、日蓮正宗と妙観講を相手取って訴訟を起こしていた創価学会側が、一年半にわたる法廷闘争の果てに、裁判を継続することができなくなり、自ら訴えを取り下げてしまったのである。
学会側が、妙観講を陥(おとしい)れ、また法華講員の学会への折伏を妨害せんとして起こした、嫌がらせ訴訟が砕け散った瞬間であった――。
再折伏への対抗策は「訴える」
実際に次々と内容証明を送付
事の起こりは二年以上前に遡(さかのぼ)る。
当時、日蓮正宗法華講では、平成十六年に発刊された『創価学会員への折伏教本』等を使い、一宗を挙げて学会員を折伏・救済していこうとする気運が芽生えつつあった。
ところが、これを黙って見ているわけにはいかない学会側では、組織防衛のための窮余(きゅうよ)の一策を打ってきた。学会員宅を折伏に廻る法華講員に対し、「名誉毀損」「信教の自由の妨害」「器物(※ニセ本尊を指す)破損」等々の用語を使い、
「これ以上、学会員のところを廻るなら、日蓮正宗の責任者である猊下を訴えてやる。それでもよいか!」
等と脅(おど)しにかかったのである。
なかには、法律関係者の学会員までもが折伏の第一線に登場して、こうした脅し文句を並べたため、困惑してしまう法華講員もあった。
また、インターネット上では、学会員が、
「法華講の弱点は住職を巻き込むことだ。住職を訴えてやる、と言えば、法華講の折伏は停(と)められる」
などと書き込んで、盛んに法華講の折伏を停めるための手立てがアピールされ、その結果、法華講に芽生えていた学会折伏の気運は、にわかに冷え込みはじめた。
こうした中で学会側は、これを単なる一時の脅しに終わらせぬため、法的措置(そち)を振りかざして実際の行動に出てきたのである。
それは、学会員を毎月百名近く脱会させてきた理境坊所属の講中・妙観講をターゲットにした、各地の学会系法律事務所からの文書攻撃で始まった。
すなわち、脱会して入講した講員宅に、多数の学会員が押しかけて信仰を翻意(ほんい)させ、その上で学会系法律事務所から
「○○氏は、その意志がないのに勝手に妙観講に入れられた。今後、○○氏に近付いたら法的措置を取る」
と脅す内容証明を、妙観講及び日蓮正宗(代表役員たる御法主上人宛て)に送り付けてきたり、あるいは、脱会してニセ本尊を手放した講員を巧みに翻意させ、これまた法律事務所から
「○○氏宅の御本尊を妙観講の講員に強奪(ごうだつ)された。○日以内に返還しなければ法的措置を取る」
との内容証明を、妙観講と日蓮正宗に送り付けてくる――等々。
その件数は、わずかの間に十数件にも及んだ。
しかし、妙観講の側は、学会員を脱会せしめるにあたっては必ず勧誡願を、またニセ本尊を手放させるにあたっては必ず念書を、本人に書かせて控えを保管していた。そこで、これらの書面の写しを先方に開示し、脱会やニセ本尊処分は間違いなく本人の意志によるものであることを証明すると共に、悪質な脅しに対し強く抗議する文書をもって返答していった。
ともかく妙観講としては、自らの折伏によって日蓮正宗宗門が訴えられる、などという事態は、何としても避けなければならない、との切実な想いで、これを一件一件、水際(みずぎわ)で食い止めていったのである。
勝算ありと考えた創価学会
損害賠償求めて訴訟を提起
その中で、たまたま諸般の事情から、学会側へ返答せずに置いた一件――埼玉県入間郡在住の学会員U氏夫妻が妙観講の班長である島田好枝さん・野本篤志氏の二名にニセ本尊を奪い取られた、として弁護士が言い掛かりをつけてきた件――について学会側は、反論や返答がないということは自分達に勝算がある≠ニでも思ったのであろう、ここぞとばかり、さいたま地裁に訴えを起こしてきた。
この、U氏宅のニセ本尊に関する件の実際は、次のような次第であった。
平成十七年九月、学会員であるU氏宅を、妙観講の島田・野本の両氏が折伏に訪れた。
その時、U氏は、「自分たちはすでに学会の信仰はやめており、池田大作も大嫌いである。学会の本尊も、ちょうど捨てようと思っていたところだから、持って行ってくれ」と言って、自らの手でニセ本尊を捨てたことを表明する念書に署名・捺印し、ニセ本尊を野本氏に引き渡した。
その夜、これを知った学会員らが島田宅に大勢で押し掛け、「U氏の御本尊を返せ」と騒いだが、ニセ本尊を受け取ったのが野本氏であることを知り、そのまま帰って行った。
そして十八年五月、突如として、U氏夫妻が本尊を学会から受けた願主は、U氏ではなく妻であり、その妻の不在中にムリヤリ本尊を奪い取られた≠ニ主張して、島田・野本の両氏および妙観講と日蓮正宗を相手取り、U氏の妻が原告となって、さいたま地裁にニセ本尊の返却と三三〇万円の損害賠償を求める訴訟を起こしたのである(原価がせいぜい数百円程度であろうニセ本尊で三三〇万円を要求しようという神経は尋常ではない)。
その訴訟における原告代理人には、学会系の新麹町法律事務所の弁護士五人が名を連ねていた。
なんと、訴えておいて陳述できず!?
その理由を暴露した当事者の発言
こうして、裁判はスタートし、途中、妙観講側ではU氏の自署・捺印の入った「ニセ本尊破却(はきゃく)確認書」を証拠として裁判所に提出するなど、学会側の主張のおかしい事を一つずつ証明していったが、ここで異変が起こった。
すなわち学会側では、裁判が始まって一年半が経過するにも拘(かか)わらず、いくら裁判長から催促(さいそく)されても、U氏夫妻の陳述書(当事者本人の言い分を書面にしたもの)を裁判所に提出できないのである。
訴えておいて、訴えた側が陳述書を出せない――いったい何故、このような異常事態となったのか!?
じつは、その理由を窺(うかが)わせる発言を、本件訴訟が起こって間もなく、U氏が、たまたま出会った島田好枝さんにしていた。
すなわちU氏は、自分たちの意志でニセ本尊を捨てた、という事実を認めると共に、
「あいつら(※地元の学会幹部ら)、あんた達を訴えたと言ってたぞ」
と語ったのである。これでは、本件訴訟は、U氏夫妻の意向よりも組織主導で起こされた謀略訴訟だ、と指弾(しだん)されても致し方あるまい。
しかもU氏は、この裁判について、学会側に積極的に加担はしなくとも黙認する理由として、
「(島田さんたちが負けてU氏たちが裁判に勝ったら)何百万も払ってくれればいいや。そしたらいくらかもらえるよ」
などという驚くべき発言までしていたのである。
島田さんは、とっさに機転を働かせ、これらU氏の発言を全てICレコーダーに録音。これを入手した妙観講では、いずれ法廷において全てを明らかにすべく、事態の推移を見守った。
だが、やはりU氏が積極的に協力しないためであろう、いくら待っても学会側からはU氏の陳述書が出ないまま、時間が過ぎていったのである――。
唖然!すでに死亡していた当事者
かくて謀略訴訟は完全に決着
そして本年の七月十二火、ついに裁判長は学会弁護団に対し、「U氏の陳述書を出せないのなら、この訴訟は取り下げる方向で考えるように」と言い渡したが、学会側は「検討させてほしい」次には「U氏が入院中なので少し待ってほしい」さらに「妙観講側が原告に謝罪の意を表明する、という内容でなら和解してもいい」等々といって、ズルズルと食い下がり続けた。
だが、十一月に入って、驚くべき事実が判明する。じつはU氏は、去る八月十六日、すでに死亡していたのであった。
学会弁護団はそれを「知らなかった」と言うが、だとすれば、それほど原告側との意思の疎通(そつう)を欠いたまま、訴訟活動をしていたことになり、もはや何をか言わんや、である。
こうして行き詰まった訴訟は、十一月二十日、訴えた側が訴えを取り下げるという、創価学会側の大惨敗で決着したのである。
すなわち、法華講員の学会に対する折伏を停止させるための見せしめ≠ニして、また、妙観講の非常識な$ワ伏のせいで日蓮正宗が訴えられたとの構図を作り、妙観講を宗内で孤立化させようとの狙(ねら)いによって、でっち上げられたであろう謀略訴訟は、ここに完全に決着したのである。
この意義は大きい。要するに、学会員に対する折伏の際には、日蓮正宗で所定の勧誡願や念書などをキチンと作成しておくならば、いくら学会員が「訴えてやる」などと脅してきても、それは全くの空(カラ)騒ぎに終わる、ということが証明されたのだから。
我々は、いよいよ御法主日如上人猊下御教導のもと、平成二十一年の地涌倍増に向けて、現代の「一凶」創価学会に対する折伏に励もうではないか。
(慧妙358号 平成19年12月1日号より)