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2007年12月05日
池田大作の神格化を検証する 「池田親衛隊」育成機関の実体C
人材グループは組織運営論を無視した存在
その存在目的は池田との師弟≠フ擦り込み
香峯子の脇士≠スる「伸峰会」
「伸一会」の目付役≠フ役割も
小多仁 「伸一会」と対(つい)を成(な)す人材グループが「伸峰会」ですが、その「伸峰会」について、メンバーであった小川洋美さん、お話くださいませんか。
小川(洋美) 「伸峰会」というのは、「伸一会」会員を夫に持つ夫人の集まりで、「伸峰会」という名前からもわかるように、池田大作ではなく、妻の香峯子夫人を囲む会でした。会合には必ず香峯子夫人が参加していましたよ。
私は昭和五十九年に東京から九州に移り住んだのですが、その翌年に東京の学会本部で行なわれた「伸峰会」の総会に出席し、そこで一人一人にお小遣い≠いただいたのを覚えています。
小川(頼宣) 「伸峰会」というのは、言うならば、婦人部の主要な人物を集めて飼い慣(な)らし、池田香峯子の脇士≠ニなしていく、というのが目的の一つにあるのでしょうね。
小多仁 「伸峰会」は、年に一回くらいは集まったのですか?
小川(洋) いや、そんなに頻繁(ひんぱん)ではなかったですね。
小川(頼) 「伸峰会」が担う最大の役目は、「伸一会」会員を見張る≠アとですよ。お目付役∞スパイ≠ナす。
小川(洋) 「伸峰会」のメンバーはいくつものグループに分けられていて、それぞれ「あなたは誰々さんに相談しなさい。何でも話せる人だから」と指導されるわけですね。私を担当する係は戸田講堂にいたIさんでした。
小多仁 で、そうした係の人がお目付役になって…。
小川(洋) その係の人に「困ったことがあったらいつでも、何でも相談してね」と言われるわけですよ。でも、私は一度も相談したことはありませんでした。相談すればどういうことになるか、だいたい想像はつきましたから。
小多仁 なるほど。妻の愚痴から「伸一会」会員である夫の問題点を暴き出し、それを人事や賞罰に反映させよう、あるいは、握(にぎ)った弱みをちらつかせて意のままに操ろう、といったところですか――。池田らしい、権謀術数(けんぼうじゅっすう)に長(た)けた「手」の打ち方ですね。
求心力保持のみが目的の「五年会」
自尊心をくすぐり池田が心を縛る
小多仁 さて、高等部の中に結成されたエリート集団≠ニもいうべき「五年会」のメンバーであった中園球子さんからも、いろいろとお話を伺(うかが)いたいと思います。
まず、「五年会」結成のいきさつについて、中園さんに伺いたのですが。
中園 それは高等部がスタートして間もない頃、たしか、昭和四十一年のお正月の登山の時に、日本全国の高等部部長が登山したわけです。全部で三千人くらいだったでしょうか。
その登山会の時、池田さんから、「今から十年後に、この中の、たった一人でもいいから、創価学会を守る人材になってもらいたい」という指導があったんです。
その時に、「次は正本堂落慶の時に集(つど)おう」ということになって、昭和四十七年の落慶に合わせて登山したのですが、その席上で「これから五年ごとに集おう」ということになって、初めて「五年会」と命名された、と記憶しています。
「中国で、アメリカのロッキー山脈で、フランスのパリで会おう」とかいう話になって、シカゴで行なわれた文化祭の時に、「五年会」のメンバーも何人か参加しているんです。
小多仁 その「五年会」は、その後も続いていったんですか?
中園 いえ、たいした活動はしていなかったのではないか、と思います。私の記憶では、昭和四十一年、四十七年、そして昭和五十年代前半に一回、集まりがあった程度ではないかと思うのですが。
小川(頼) 本来、組織の中に組織を作るというのは一番いけないやり方なんですが――、つまり、ラインになっている組織の中に別の形態の組織を作るということは、組織効率上、非常によくない。
ところが、池田は自分の直属グループをいっぱい作るわけです。で、ほとんどが、作っただけで終わる捨て子¥態になってしまう中で、たまたま成功したものだけに光を当てていくから、端(はた)から見ているとそうした池田のやり方が次々に成功しているように見えているだけなんですよ。
ところが、池田は希望の持たせ方がうまいんですよ。「五年会」だったら「五年後に」「五年後に」ということで、そこのメンバーにはたいへんな励みになる。
中園 なりますね。
小多仁 ましてや「五年会」は構成メンバーが高校生でしょう?まだ子供ですよ。
中園 そう、子供だから純粋なんです。師匠≠ゥら「君達のことを待っているよ」なんて言われたら、それこそもう。
私なんかもその時に、「池田先生はなんて素晴らしいんだ! 素晴らしい池田先生のために、自分の人生を賭(か)けていこう!」と思いましたよ。
生まれては消える「人材グループ」
その存在目的は師弟♀ヨ係の構築
小川(頼) そこなんですよ。いわゆる「人材グループ」というのは全てそうなんですが、池田が人材グループを作るのは、一人でも多くのメンバーに池田先生のために命を捨てよう≠ニいう思いを抱かせるためなんですよ。これは「伸一会」でも何でも同じです。
「伸一会」の場合なんかは、「この中で、何人かは牢屋に入る者も出てくるだろう」ということまで想定して、その時、残された家族が生活に困らないように、ということで互助会制度まで作ったんですよ。それで毎月納金していって。会合の場で未納者が発表されて、「先月までの分を現金で入れろ!」なんてハッパかけられてね。その時に、「先生からの援助金も、六十万円口座に入っている」とも聞かされましたよ。
小多仁 なるほど、そうやって会員の責任感・危機感を煽(あお)るわけですね。
小川(頼) そうです。
小多仁 会員に先生と自分≠ニいう思いを擦(す)り込むことに、池田は非常に卓越したものを持っていますね。
小川(頼) それは擦り込みの効果を知っているからですよ。だから、しつこいほどに、繰り返し繰り返し、擦り込んでいくんですよ。しかも、それは将来に希望≠持たせながら。「頼むよ、この中の一人でもいいから、私を護(まも)ってくれ」と。
中園 そうなんですね。だから私なんかも、「十年後に、この三千人のうちの二千九百九十九人が退転したとしても、私だけは最後の一人≠ノなろう」と思いましたものね。
小川(洋) それは皆がそう思ったと思いますよ。
小多仁 考えてみれば、その人材グループが存続していこうがいくまいが、メンバーのたった一人にでも池田先生のために≠ニいう思いを抱かすことができたならば、その人材グループは大成功した、といえるわけで、その意味では人材グループは全て成功していることになりますね。
小川(頼) そういうことになりますね。けっして、良い意味での成功≠ナはありませんが。
(慧妙358号 平成19年12月1日号より)