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2008年08月01日

学会を揺るがす矢野氏の黒革の手帳=@30年間で100冊も書きためた凄い中味!

言論妨害事件・『月刊ペン』事件・宗創関係・国税査察etc
学会・公明党の暗部を赤裸々に記した「極秘メモ」

 創価学会を脱会し、創価学会および学会最高幹部に対し、その人権侵害行為によって被った損害の賠償(ばいしょう)を求め、訴訟に及んだ元公明党委員長・矢野絢也氏。その矢野氏が、『文藝春秋』八月号に告発手記を発表した。題して「創価学会が脅(おび)えた私の『極秘メモ』」――。
 矢野氏が議員時代に書きためたという手帳には、いったい何が書かれているのか。

「私のものである手帳を返還せよ」
外国特派員の前で訴えた矢野氏

 去る六月二十五日、元公明党委員長・矢野絢也氏が、外国特派員協会で会見を開いた。
 その会見の中で矢野氏が重点的に語り、また、出席したジャーナリストらが、政教一致問題などと並んで強い関心を示したのが、元公明党議員達によって持ち去られたという、およそ百冊の矢野氏の手帳についてであった。
 この日、矢野氏は次のように語った。
 「およそ三年前、元国会議員三名が、私の家に四回にわたり訪ねてきて、私を脅(おど)し、また宥(なだ)め賺(すか)して、私が三十年以上、政治家として、また公明党の書記長・委員長として記載してきた、およそ百冊の手帳と、永年にわたる学会関係・公明党関係の資料のほぼ全てを、家捜しまでして持ち去りました。
 それには、私の個人的な情報の他に、私が二十年近く務めた公明党書記長・委員長時代の重要な政治的なメモ書き、あるいは公明党書記長をやっていて、創価学会から頼まれたこと――例えば昭和四十五年の言論妨害事件の後始末、あるいは創価学会と共産党との『創共協定』を骨抜きにした工作、あるいは池田名誉会長の女性問題を書いた『月刊ペン』の編集者が逮捕されるという、まことに異例なことがどうして起き、またその後の裁判経過についての経緯、あるいは二度にわたる創価学会に対する国税調査への関わりその他、いろいろなことが書いてあります。」
 「この件は、(今回とは)別の裁判で争っていまして、一審では、残念ながら、私の手帳を返せ≠ニいう要求は否定されました。私のものである手帳を返せ、という要求を、返さなくていい≠ニいう裁判所の判断には納得できません。一審で勝訴したことで、学会の諸君は鬼の首を取ったように言っていますが、そもそも、手帳を持っていって返さない、という反社会的行為自体に対して何の反省もない。今、東京高裁に控訴し、断じて取り返そうと思っています。」
 「誰が何と言おうと、私が預けたものを私が返してくれと言っているわけですから、返すのが当たり前です。」

言論出版妨害から国税査察まで
「口外できないこと」を記した手帳

 このように、矢野氏が強く返還を求めている「手帳」。そこには、具体的に何が書かれているのか――、矢野氏が今回『文藝春秋』誌に発表した手記から、おおよそ、その内容を窺(うかが)い知ることができる。
 「創価学会と公明党にとって最大の危機となった、昭和四十五年の言論出版妨害事件では、国会で政教一致問題が追及され、池田先生の証人喚問要請もされたが、心血をそそいで防戦に尽力した。
 他にも国税庁による学会への二度の税務調査等、学会の意を受け、様々な間題を処理してきた。
 その間、あからさまに口外できないようなことも、たくさん処理してきた。
 創価学会、池田先生を守らねば、という使命感をもって活動してきたのだ。」
 「手帳は全部で百冊近くあり、三十年近い私の公明党書記長・委員長としての、政治家活動における裏表のすべてが記されている。
 さらに私が関わった創価学会の重要事件の裏事情も詳細に記されている。
 例えば、昭和四十五年の言論妨害事件の顛末(てんまつ)。
 学会と共産党との創共協定の形骸化(けいがいか)工作。
 池田名誉会長の女性問題を記事にした『月刊ペン』との裁判、その後の『一審差し戻し』逆転判決の背景。
 日蓮正宗の本山である大石寺との、二回にわたる紛争。
 国税庁による創価学会への税務調査の内容、その経過、とくに公私混同問題での釈明陳情。
 そして、竹やぶ金庫事件、等々。
 さらには政治家として、国会での攻防における、各党幹部との交渉の様子なども詳しく記されている。」
 すなわち、「手帳」には矢野氏が公明党議員として「創価学会、池田先生を守らねばという使命感をもって活動してきた」「あからさまに口外できないようなこと」の一部始終が書かれている、というのである。

渡辺美智雄氏も口にした脱税問題
暗殺計画を阻止した様子も記載!?

 そのうちの国税調査に関しては、平成五年十一月二十六日、元自民党副総裁の渡辺美智雄氏(故人)が
 「自民党はこれまで、国会で(公明党から)法案への賛成を得るため、創価学会の脱税をもみ消したりした」(『朝日新聞』平成五年十一月二十八日付)
と発言したことがあるが、矢野氏の手帳には、その生々しい真相が書き記されているに違いない。
 また、我々の最も気になるところは、いうまでもなく、「日蓮正宗の本山である大石寺との、二回にわたる紛争」、すなわち、「五十二年路線」を発端とする第一次創価学会問題と、平成二年末から表面化した第二次問題について、どのような裏話が書かれているのか、という点である。
 これに関連して矢野氏は、次のようなことを書いている。
 「ここで特筆すべきことがある。
 私が党役員のとき、学会首脳が第三者を使い、藤原(行正)氏の暗殺を計画しているとして、藤井富雄都議会幹事長が私の自宅に来て、『そういうことは学会の自殺行為になるので、矢野さんから止めてもらいたい』との真剣な要請があった。私は秋谷会長にその旨を伝えた。
 暗殺依頼の真偽はともかくとして、そのような深刻な懸念を藤井氏が感じて、私に『取りやめ』を学会首脳に進言するように頼んできたのは、厳然たる事実である。
 この事件の詳細は持ち去られた私の手帳に記入されている。
 必要があれば裁判所が職権でそれを閲覧(えつらん)することを拒(こば)まない。」
 二回の紛争の過程で現われた内部告発者・造反者に対する暗殺計画、という衝撃的な内容! 実際に暗殺計画があったのかどうかは不明だが、矢野氏は藤井都議の要請によって、会長の秋谷に「取りやめ」を進言したという。
 断わっておくが、話の舞台となっているのは、公益法人である宗教団体と政権の一翼を担(にな)う政党の、中枢に近い処だ。暴力団員同士の中での話題ではないのである。

やましくなければ返還して公開を!!
一気に追い詰められた(!?)学会・公明党

 このようなことが記録されている手帳を、「絶対に渡したくない」と考えるのは無理もないが、もし、創価学会・公明党が、我々には、そのような謀略(ぼうりゃく)体質・犯罪体質はない。疑惑を持たれるような事実も一切ない≠ニ主張したいのなら、矢野氏に手帳を返還して公開を促(うなが)し、その上で、矢野氏の発言に対して訂正を求めるなり、反論するなり、堂々とやればよい。
 それができないとすれば、そのこと自体が、手帳に書かれた内容を真実であると証明する形になる、ということを、池田大作はじめ首脳は、よく肝(きも)に銘(めい)ずるべきである。
 矢野氏は訴える。
 「仮に、百歩譲(ゆず)って彼らが言うように自発的に引き渡したのであれ、私が主張するように無理矢理持ち去られたのであれ、預けた手帳を所有者である私が返せと要求しているのだから、返すのが当たり前のことなのである。
 民法六六二条にも『当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても、寄託者は、いつでもその返還を請求できる』と明定されているではないか。(略)
 もし国会から参考人や証人として呼ばれたら、喜んで出席させていただきたいと考えている。」
 大変なことになったものである。
 脱税のもみ消し疑惑、暗殺計画取りやめ疑惑等々まで記録した『黒革の手帳』――その存在が今、学会・公明党を揺さぶっている。
【慧妙373号より転載】