妙観講・講頭 大草一男 プロフィール

大草一男(おおくさ かずお)
  1. 略歴
    昭和29年1月 長野県佐久市に生まれる。
    明治大学政治経済学部卒。
    昭和60年6月、曾祖父の代から続く株式会社オークサ本社(後の株式会社オークサ・マテックス)に入社し、企画室次長、専務取締役を経て、昭和61年9月、代表取締役社長に就任。同時に系列グループ各社の会長・社長に就任。
    当時のオークサグループの主たる事業は、建設資材の卸・生コンクリート及びコンクリート二次製品の製造販売・ホームセンター・商業施設の賃貸等で、就任時の業容は年商120億円・従業員数300名であったが、これを約10年間で年商300億円・従業員数500名(ピーク時)に発展せしめた。
    平成3年に菩提寺の宗旨である日蓮正宗と創価学会の紛争が発生。日蓮正宗を護る立場であったことから創価学会員らの嫌がらせの標的となり、平成5年から7年間にわたって、グループ各社の事業所をはじめ取引先やメインバンク等に怪文書攻撃が加えられた(次項にも詳述)。この非合法な攻撃から企業を防衛すべく、平成12年6月、グループ全社の役員を退任してオークサグループとの関係を解消。
    現在は、かつての経験を活かして、数社の役員・顧問・監査役等を務める。

  2. 日蓮正宗信徒としての足跡
    昭和47年2月16日、当時日蓮正宗の信徒団体であった創価学会を通じて、日蓮正宗に入信。
    程なくして、創価学会内に蔓延していた〝池田大作本仏論〟に疑問を持つに至り、同年10月に創価学会の組織から離れる。
    その後、真実の正師を求め続けた結果、昭和48年春、『日蓮正宗聖典』に
    「代々の聖人(上人)悉く日蓮なりと申す意なり」
    との御文を見出し、真実の本師が、日蓮正宗総本山大石寺にまします御法主上人猊下であることを知る。
    以来、この根本の師に対する信心を定めて研鑚に励む中で、創価学会が日蓮正宗と異質な宗教になりつつあること、そして、このまま事態が進めば、将来、正法が完全に曲げられ、それに呼応して世の中も濁乱することを確信。
    そして、「気づいた者が起たねばならない。将来、訪れるであろう正法の危機に備え、大御本尊と御法主上人猊下をお護りできる人材群を作り育てていこう!」と決意し、将来を見据えた活動をスタートさせた。この時、弱冠19歳であった。
    しかして、同年(昭和48年)4月、奇しき縁によって都内の正宗寺院に所属する法華講員となり、以来、折伏・育成を急進展せしめた。その折伏系統は、昭和49年末に30世帯、50年末に43世帯、51年末に114世帯、そして52年末には240世帯へ──。
    この時、いよいよ創価学会の教義逸脱・宗門支配路線(第一次教義逸脱問題)が表面化。
    かねてより危惧していた事態を眼前にして、
    「万一の時は、一身一命を堵して、大御本尊と猊座をお護りしよう!」
    と同志達に呼びかけ、さらなる折伏を進める中、その活動状況を聞き及ばれた66世日達上人より、52年12月27日、東京西片の大石寺出張所(当時)に召され、「私のそばに来なさい」と、200余名の眷屬と共に総本山塔中理境坊への移籍を命じられた。同30日、正式に理境坊に所属。
    こうして、理境坊住職・小川只道御尊師を指導教師として、妙観講の前身である「仮称・理境坊東京支部」を結成。創価学会の逸脱問題で混乱する宗内情勢の中、機関誌『暁鐘』を発刊して、当時の学会による教義逸脱の破折に力を注いだ。
    やがて、創価学会による「第一次教義逸脱問題」はいちおう収束し、昭和54年7月22日、それを見届けられた日達上人が御遷化され、67世日顕上人が御登座。
    昭和55年8月11日、日顕上人の御認可のもと、仮称・理境坊東京支部を正規の法華講支部として妙観講に改組し、講頭に就任。
    この頃より、宗内では、自称・正信会の不穏な動きが現われ、新たな仏敵となったため、この正信会の邪義に対しても『暁鐘』誌上で真っ向から破折。自称・正信会を反論不能にせしめた。
    一方、当時の創価学会は、いったん矛(ほこ)を収めたものの、陰では相変わらず不審な動きを続けていたため、"学会の野望から真に日蓮正宗を外護すべき時は将来にある"との信念のもと、その時に備えて妙観講の陣容を整えるべく、折伏と育成に心血を注いだ。その結果、妙観講は、東京を中心として全国的に講員を擁する講中へと発展。
    昭和63年には、かつて(昭和49年)日蓮正宗から破門された顕正会(元「妙信講」)と対峙し、同会会長・浅井昭衛の邪義を粉砕して、同会から初めて大量脱会者を出すに至った。以後、顕正会からは脱会者が止まらない状況となっている。
    平成2年──。池田創価学会が、ついにその仮面を脱ぎ捨て、再び日蓮正宗と対立する路線を打ち出した。
    同時期、妙観講に対して大掛かりな電話盗聴や謀略工作がなされたことを通じ、いち早く創価学会の反逆路線を察知。そして、同年末から平成3年初めにかけて創価学会が激越な日蓮正宗攻撃を始めたことから、日蓮正宗宗門の安全を守り、かつ個々の学会員に創価学会の非を知らしめるための活動を、妙観講の総力を挙げてスタートさせた。ちなみに、平成3年以降、妙観講が直接関わって日蓮正宗に引き戻した学会員の数は、2万世帯を超える。
    こうした活動に脅威を感じた創価学会構成員らは、妙観講の機能を停止させるには講頭を抹殺せよとばかりに、組織的に、夥しい数の怪文書を地域や仕事の取引先にバラ撒いたり、謀略訴訟を起こすなど、およそ致死量を越える程の執拗な攻撃を加えてきたが、これを信仰の道念によって超克。
    こうして、創価学会による宗門攻撃がようやく鎮まってきた頃の平成16年1月1日、妙観講々頭の職責に加えて、法華講大講頭に任ぜられ、現在(平成23年)に至っている――。
    なお、以上のような経緯により、創価学会・顕正会の狂信者からは仇(かたき)のように憎まれ、ネット上には、いまだに彼等によって流される悪口誹謗が絶えない。


  3. 著書一覧
    法華講員の基礎知識
    法華講員の基礎教学
    捨邪帰正のすすめ
    折伏入門
    登山のすすめ
    勤行の意義と功徳
    折伏の意義と心得
    立正安国論の解説
    日興遺誡置文のやさしい解説
    化儀抄のやさしい解説
    佐渡御書のやさしい解説
    松野殿御返事のやさしい解説
    如説修行抄のやさしい解説
    三世の生命
    正しい宗教のすすめ
    謗法厳誡論
    誠心(妙観講の基をなす信条)
    続・誠心
    質問会集
    摧破異流義考
    創価学会言論資料の解説
    池田大作本仏論を破す
    悪書「日蓮と本尊伝承」の謀りを破す
    血脈相承拝考
    続・血脈相承拝考
    富士の清流
    御在世に還れ
    顕正への道