京都府 O さん 女性
私は、平成元年の暮れに、職場の同僚だったFさんより折伏を受け、日蓮正宗に入信いたしました。 入信以来、勤行は欠かさず行ない、会合にも参加していましたが、苦手だったのは、周囲の人々を折伏することでした。
しかし、平成十年の第二十回総会での体験発表に触れ、また講中でも大折伏戦がスタートしたことから、私もこのままではいけないと発心し、しっかり折伏していくことを決意しました。それからは、「臆病な自分を何とか変えてください、折伏させてください」と御本尊様に御祈念しては、学生時代の友人や、会社の社長、同僚、取引先の人達と、徹底的に折伏していきました。 折伏をしてみると、皆、悲惨な状態にあるのに、ほとんどの人が素直に話を聞くこともできず、怒りをあらわにしてきました。
しかし私の方は、折伏を重ねるにつれて、今までに感じたことのないような強い生命力が涌き上がってくるのを感じ、有り難くて楽しくて、もう絶対に折伏はやめられない、という気持ちになっていきました。 そのうちに同級生の間では「Oが最近、派手にまわっているらしい。家に来たら追い返せ!」という連絡がまわるようになりました。 また、会社でも、社長から折伏を止めるように、と二度にわたって忠告されました。仕事関係者の間では、私はキチガイ女だということになっている、とのことでした。 しかし私は、「仕事には何の支障もきたしていませんし、プライベートな時間に、あくまでも個人的に話しているのだから、止める必要はありません」と言い切って、折伏を続けていきました。
すると、その一か月後、再度、社長から呼ばれ、解雇処分を言い渡されたのです。平成十年十一月のことでした。 社長は、感情的になって「お前が宗教の話をしまくるからや!お前が悪いんや !!」と怒鳴り散らしてきました。私は「不当解雇です、会社は辞めません」と言い張ったのですが、結局、経営不振によるリストラという、巧みな理由にすり換えられ、六年勤めた会社を解雇されてしまったのです。会社は建築設計の事務所でしたが、この仕事に就くために、働きながら専門学校に通い、私にとっては苦労して手に入れた仕事でした。
先輩に報告すると、「折伏によって会社を解雇されたのだから、それは将来先々まで会社から貰うはずだったお給料も、全て御本尊様に御供養したようなものです。大功徳があることは間違いありません。志を翻さず、信心を貫くなら、必ず今まで以上の仕事に就けますよ。しっかり御祈念してさらに折伏に励みましょう」とご指導いただきました。
そこで私は、一日二時間以上の唱題をして御本尊様に御祈念するとともに、さらに折伏を行なって仕事を捜していきました。 最初は建築設計の仕事で捜したのですが、まったく条件にあったものがなく、諦めて、職種にこだわらずに捜さなくてはなりませんでした。
そして、平成十一年三月、失業保険の給付が切れるギリギリのところで採用となったのが、大手広告代理店でした。 そこでの仕事は、情報誌の企画営業を行なった上で、獲得したクライアントの取材、及び原稿作成を行なう、というものでした。 週休二日制で、通勤時間は自宅からわずか二十分、週に二回の企画会以外は自由出勤という好条件でしたが、その一方で、研修期間の三か月を過ぎると給料は歩合となり、固定給はわずか三万円、という厳しい面もありました。
私は、営業職というのはまったく未経験でしたので、大きな不安がありましたが、毎日二時間の唱題を続けて、この仕事に挑戦していくことにしました。 研修期間というのに、何も教えられないまま、入社第一日目から一人で飛び込み営業をすることとなり、本当に驚きました。 しかし、平成二年より学会員に対する訪問折伏を行なってくるなかで、怒鳴られ、罵倒され、数十人の男子部に取り囲まれ、警察を呼ばれる、ということを何度も経験し、数々の嫌がらせにあってきておりましたので、それに比べれば、飛び込み営業で断わられることなど、まったく苦にならなかったのです。
それからは毎日毎日、歩き過ぎでひどい靴擦れをおこしながらも、営業に廻わっていきました。 この頃、私の生活は、かなり厳しい状況になっていました。住んでいるマンションの家賃、光熱費に加え、活動のために、どうしても車を維持しなくてはならず、支出が嵩んで、毎月のように参詣していた月例御講にも行くのが難しくなってしまいました。 一日の食事といえば、朝作るおにぎり三個がすべてで、それを持って出勤しました。 どうしようもなくお腹がすくと、コンビニエンスストアで、四つ百円のアンパンかおにぎりを、さんざん悩んで買う、といった生活が続きました。空腹のあまりに、夜、眠れないことも何度もあり、お金がないというのは、こんなにも辛いものなんだと、初めて知りました。
私にとって、今まで経験したことのない厳しい生活でしたが、先輩方から、「折伏をしたことで職を追われてこの状況になっているのだから、今は罪障消滅をさせていただいているのです。けっしてこのままでは終わりませんから、安心していいですよ」と励ましていただき、私も、大聖人様の御金言を信じ抜いていこうと思いました。 そうして折伏をし、仕事に励んでいく中で、御本尊様の功徳としか思えないことが、次々と起きてきたのです。 どうして、そのようなことが起きたのか。なんと入社三週間で、三か月先までのノルマが達成できてしまったのです。
その後も、大きな力に後押しされるかのように、大口の契約が次々にとれて、上司や先輩を驚かすことの連続で、編集長にも可愛がってもらえるようになっていきました。 そして、三か月の研修期間を終えたとき、固定給が三万円に減額されるはずだったのですが、編集長より「Oさんの給料が安定するまで、研修期間の固定給十二万円のままで支払いますよ」と言われ、特別に給料を優遇していただけたのでした。
そんなある日、総務の人から、私のいる部署では、この五年の間に百名もの人が退職していると聞き、この業界で生き残っていくことの難しさを知りました。 そのような中で、未経験の私が仕事を続け、成績を上げてこられたのは、御本尊様のお力以外の何ものでもない、と、本当に有り難く思った次第です。
また、その頃、以前の職場での知り合いを折伏した時の話の中から、私を解雇した会社が、その後、まったく仕事が入らなくなり倒産寸前になっている、と聞き、あのような形で転職できたのは、御本尊様の御加護だったのかもしれない、と思いました。 私の方は、その後も順調に成績を伸ばしていくことができ、入社一年を迎えた平成十二年四月には、念願だった、手取りで二十五万円の給料がもらえ、さらに八月には四十万円を超える給料となりました。 こうして、次第に生活も安定し、失業中に滞らせたローンの返済もすることができました。名古屋に住む主人のお小遣いも、少しですが増やしてあげることができました。
大口の固定客を持ちたいと願っていたことも、本当に不思議な形で叶い、大手企業四社、五社と新規契約を結ぶことができ、気が付いてみると、私の周りは、とても仕事のしやすいお客様ばかりになっていました。 さらに、入社一年でここまで契約を伸ばしたのは、京都支店の新記録であるとして、表彰までしてもらうことができました。
平成十三年の一月になって、私は、それまで躊躇していた、職場の先輩であるMさんの折伏を決意しました。Mさんは、私の支店のスーパースターで、私も入社した時よりMさんのようになりたいと、ずっと思っていた人でした。それだけに、以前から折伏しなければと思いつつも、Mさんに関しては、どうしても勇気が持てずにいたのです。 しかし、臆病な心をふるい立たせて、「どうかM尾さんを折伏させてください、その勇気を私にください」と御本尊様にお願いし、それこそ、口から胃が出てくるような思いで、Mさんをお誘いしたのでした。
折伏当日も「怒って帰らはるかなあ。明日会社でどんななるやろ」という不安がよぎりましたが、「ここまで来たんや、あとはすべて御本尊様にお任せしよう」と、気をとりなおして折伏に臨みました。 すると、なんとMさんは学会員だというではありませんか。 そして、『聖教新聞』や『創価新報』等に書いてあることを、そのまま鵜呑みにして私に言ってこられました。
この折伏には、部長も加わって、学会の誤りについて、とてもわかりやすく話していただいたのですが、すると、Mさんの方も、自分自身のことや、信心について疑問に思っていたことを話してこられたのでした。 数年前、ニセ本尊に交換させられてからというもの、身内に事故や病気等、いろいろな問題が次々と起こってくるようになった、ということで、会社でのMさんからは、想像もつかないような問題を抱えていたのです。
こうしてMさんは、私たちの話をよく理解してくださり、その場で脱会・移籍となり、ニセ本尊もその日のうちに謗法払いできたのでした。(大拍手) Mさんから「教えてもらって、本当にOさんに感謝しなあかんわ」と言ってもらえたときには、本当にうれしくて、御本尊様に何度も何度もお礼を申し上げました。
その後、Mさんは、いまだ学会に籍を置くお母さんや親戚の人達、たびたび訪問してくる学会員を、一生懸命に折伏しています。 この折伏の後、仕事上にさらに功徳を頂戴しました。 というのも、新規に開拓したお客様が、他に声をかけてくれたことから、私の知らないところで、ドンドン話が大きくなっていき、何の営業もしないうちに、十三件もの新規契約がとれてしまったのです。
さらに、私のお客様で、関東に進出した飲食産業があるのですが、そのお客様から横浜方面の仕事で年間契約をしていただき、そこから、さらに新宿や銀座の仕事が、さらに、リゾートホテル部門の仕事までもが入ってきたのです。 私の会社の、東京や横浜の、それぞれのオフィスからも営業に行っていたようですが、「全部、Oさんに任せているから」と断わっていてくれた、とのことでした。信じられない話でした。 上司も「こいつは、いったい何をしでかすんや」という驚きようでした。
他の同僚は、朝早くから夜遅くまで、それこそ、休みを返上してまで営業に廻わって、それでも成果が上がらず四苦八苦しているというのに、私の方は仕事の時間もずっと短いにもかかわらず、その中で、望んだ以上の成果を出すことができ、仏道修行にも充分に時間を費やすことができます。 すべて御本尊様の大功徳であると、本当に日々、お礼申し上げています。
さらに最近、健康面でも大きな功徳を頂戴いたしました、じつは私には、三歳の頃より喘息の持病があり、いつもその発作に苦しんできました。 風邪をひくと必ず喘息になり、一旦発作が起きると呼吸が困難となり、苦しくて眠ることもできませんでした。入信してからも、会合に行く途中で発作を起こし、病院で点滴治療を受けてから拠点に向かったこともありました。いつ起きるかわからない発作に備えて、常に吸入器を携帯していなくてはならないほどだったのです。 それが、この一、二年、気がついてみると、発作がほとんど起きなくなっていました。
日蓮大聖人様は、 「法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる」(御書八三二頁) と仰せですが、私は、折伏をしたことで、一時は職を失い、経済的にも辛く厳しい、本当に冬のような状況になりました。 しかし結果として、以前をはるかに上回る好待遇の仕事に恵まれ、体質も変わって健康になることができたのです。
すべては御本尊様のお力であり、また支部長・部長はじめ諸先輩方にいつも励ましていただいたからこそ、貫いてこられたのだと思います。この大恩に報いるべく、師匠・先輩に異体同心して、さらに折伏に精進してまいる決意です。ありがとうございました。(大拍手)