鬱病・パニック症…絶望の淵から !

埼玉県 A さん 女性

 私は、平成十年七月に日蓮正宗に入信しました。 入信前の私は、実家の宗旨である禅宗の害毒の見本のような状態でした。 物心がついた頃から、全くと言ってよいほど協調性がなく、皆と仲よくできない上に高慢(こうまん)な態度をとるので、同級生からは嫌われ、イジメのターゲットにされました。 高校に入ってからは、それがひどくなり、イジメもエスカレートして、学校に行くのが嫌になり、ついには自殺を図るところまでいってしまいました。 それでも高校を何とか卒業し、二十四歳の時には結婚もしたのですが、しかし、楽しい日々は長続きしませんでした。

私が 壊れてしまった! 精神の病に打ちのめされた日々  

二十七歳の時、お腹のひどい痛みと出血があって、救急車で病院に運ばれ、すぐに手術になったのですが、診断の結果は、子宮内膜症と卵巣脳腫(らんそうのうしゅ)ということで、それも大変重い病状のため、一生治らないと言われたのです。  また、その頃から精神的にもおかしくなり、ウツ病と診断されて、精神科へも通院するようになってしまいました。  

症状はどんどん悪くなっていき、心も身体もボロボロになった私は、毎日、食事もほとんど取らず、お風呂に入る気力もなく、トイレに行くことすら我慢して眠り込んでしまうのです。 どうして突然こんなことになってしまったのか、自分でも信じられず、落ち込むばかりで、意識がある時は泣いてばかりいました。

後でわかったことなのですが、じつは、私が小さい頃、母が、近所の創価学会員から勧められて日蓮正宗に入信し、その後、父から咎(とが)められて退転してしまっていました。 また、私自身も、邪宗が不幸の根元(こんげん)だなどとは夢にも思わず、友達に勧められるまま、神社で厄(やく)払いをしたり、立正佼成会に入って経を唱えたりしておりました。これでは、仏罰をこうむるのも当然であった、と思います。  

その後、薬の効果で、少しは前向きな気持ちを取り戻すことができたため、気分転換にということで、夫と二人でイギリスに旅行をすることになりました。ところが、行きの飛行機の中で、私は突然、パニック症になってしまったのです。 狭い空間にいることに耐えられなくなって呼吸困難に陥(おちい)り、居ても立ってもいられず、大声を上げながら暴れ、さらに、隣にいた夫にフォークを突き付けてスチュワーデスを脅(おど)し、「今すぐ飛行機から降ろしなさい」などと泣き叫びました。  結局、着くまでの十一時間、歌を歌いながら、機内を狂ったように徘徊(はいかい)し続けることで何とかしのいだのですが、イギリスに着いた途端に精神病院へ直行となり、楽しいはずの旅行は台無しになってしまいました。  

さらに、あろうことか、イギリスでは邪教・キリスト教の教会に行って祈ってしまったものですから、帰りもただではすみませんでした。安定剤を飲んだにもかかわらず、行きよりひどいパニック症に苦しみながらの帰国となったのです。 家に戻ってからもパニック症は続き、夜中に外に飛び出して、近所中を徘徊し、血だらけになって帰宅したり、夜中に友達に電話をしまくったり、電車に乗ればドアを蹴っ飛ばし、車に乗れば、突然、運転している夫を殴ったり蹴ったりと大暴れし、事故の一歩手前ということはざらでした。  

常に気持ちがわさわさと落ち着かない毎日で、医者に何度も入院を勧められましたが、断わり続け、タバコやお酒で気を紛(まぎ)らわせていました。もはや、精神の病によって、私の人生はほとんど崩壊(ほうかい)状態で、平成十年には夫とも離婚となってしまいました。

奈落の底で巡り会った妙法 唱題と折伏の功徳は厳然と

そのような状況にあった時、知り合ったNさんから、この日蓮正宗の話を聞くことができたのです。Nさんから、「信心をすれば、絶対に病気は治るよ」と言われた時、なぜか、私も、日蓮正宗の信仰でこの病気は治るに違いない、と思え、入信を決意しました。 そして、お寺で御授戒を受けていると、それまでの居ても立ってもいられないような気持ちがスーッと消え、不思議な安心感がフツフツと湧(わ)いてきて、御本尊様を拝みながら涙が止まりませんでした。 あまりの感激に、その夜、友達に次々と電話し、信心の話をしました。それが折伏の始まりでした。

それからは、勤行し、お題目を唱えると、今まで感じたことのない生命力が湧き上がってきて、生きていることが楽しくなってきたのです。これはすごいと思った私は、毎日、折伏をしていきました。 すると、弟からは水を掛けられ、父からは気違い呼ばわりされ、友達には殴られ、親戚には絶縁されましたが、不思議なことに、そのようにされればされるほど、私の体調は良くなっていき、気がついたら、夜はぐっすり眠り、朝はすっきり起きて、皆が普通にしている生活ができるようになっておりました。

折伏をして嫌われたり、いじめられたりするのは、過去の謗法の罪障が絞(しぼ)り出されている姿で、その後まで見ていけば必ず幸せになれる、と講中で教えられているとおりになったのです。医者から「一生、飲み続けなければならない」と言われていた薬も、入信半年後には全て必要なくなり、なんと、十年間も仕事をしてこれなかったにもかかわらず、仕事に就くこともできました。 もし、あのまま仕事をすることもできず、精神も病んだままだったら、私の人生はいったい、どうなったことでしょう。こうして自立して生きていけるようになったことは、何より有り難いことです。そして、さらに折伏をしていきますと、子宮内膜症と卵巣脳腫も完治してしまいました。

法難による突然の解雇 その結果、天職に出合う!

学会員に対する折伏も喜んでさせていただくようになり、三年前に班長の任をいただいて以来、ずっと、班としての月々の折伏誓願を果たしてくることができました。 すると、その功徳でしょうか、入信七年目に当たる今年、仕事の上でも大きく道が開けてきたのです。

私は、平成十四年より、通勤に二時間もかかる職場で働いていたのですが、体力的に限界を感じていましたので、御本尊様に「家の近所で一生続けられる仕事が見つけられますように」と御祈念しておりました。 そんな折、ホームヘルパーをしている講員さんから、「やりがいのある仕事だから、やってみたら」と勧められ、私自身も、道を歩いている見ず知らずのお年寄りにも声を掛けてしまうほど、おじいちゃんおばあちゃんが大好きでしたので、ヘルパー二級の資格を取りました。

そして、今年四月より、地元の介護(かいご)施設で働き始めました。仕事は、思った以上に楽しくて、喜んでいたのですが、二週間ほどしたある日、所長から呼び出され、いきなり解雇(かいこ)宣告されたのです。 折伏ゆえにクビだと言われるならまだしも、その時は試用期間でしたから、社内の人に対しては、まだ折伏をしておりませんでした。私は、なぜだろうと、一瞬、頭が真っ白になりました。 所長に理由を尋ねても教えてはもらえず、とりあえず慰労(いろう)金を受け取り、家に帰ってU部長に電話をしました。部長は「たぶん、信心のせいではないか」と言われ、私は、混乱している頭を整理するため、唱題しました。

すると、所長の名前が〝広宣流布(こうせんるふ)〟の広宣と書いて、ヒロノブと読むこと、施設に聖教新聞があったことなどを思い出し、ひょっとして施設の幹部が学会員かもしれないと思い当たりました。 さっそく、その地域の学会の事に詳しいA班長のお父さんに伺ってみたところ、なんと、私の働いていた施設の経営者は、元公明党市議会議員でバリバリの学会幹部の親子だったのです。 面接した人は私が法華講員だとは知らずに採用したのでしょうが、後から履歴書を見た幹部が、私の名前や住所から妙観講の講員だと気付き、解雇にしたのです。

それまで地域の学会員を折伏してきたことで、多少は名を知られていて解雇にされたわけですから、これは一分ながらも法難なのだ、これでまた罪障消滅ができる、と思ったら、嬉しくなりました。 そして、さらに折伏に励み、就職活動をしました。すると、なんと、以前は見落としていたのですが、家のすぐ近くに、訪問介護ステーションがあったのです。普通の家の一室を使っている小さな所で、募集の張り紙もありませんでしたので、仕事はないだろうなあと思ったのですが、いちおう訪ねてみたところ、仕事は山ほどあるとのこと。社長と面接して、すぐに採用となり、さらに、待遇(たいぐう)を聞いて腰を抜かしそうになりました。

と言いますのも、この地域の訪問介護の時給の相場は一律千三百円くらいなのですが、その事務所は、難しい介護の場合は報酬(ほうしゅう)額が高くなるシステムを取っており、社長は「うちは、ヘルパー想いで、埼玉一、時給が高いんだよ。それに、車の運転ができる人なら、利用者さんを病院に連れて行く仕事も入ってきて、その場合はさらに報酬が高くなる」と言うのです。 願ってもない好条件で、こんな良い所に巡り合えたこと自体が功徳だ、と思いました。 とはいえ、いくら時給が高くても、ホームヘルパーの場合、自分に仕事が回って来なければ、収入にはなりません。現実に、ヘルパーの中には、せっかく資格を取ってもほとんど仕事がない、という人も大勢います。

ところが、私の場合は、入社すると同時にどんどん仕事が入り、そればかりか、「明るくて元気なのがよい」ということで、利用者さんが私のことを気に入ってくれ、さらにそれが口コミで広がって、指名の仕事も増えてきました。今では、時間的に調整がつかず、お断りしなければならないこともあるほどです。今は、本当に仕事が楽しく、収入も安定し、一日十二時間の運転をしてもまったく大丈夫、というほど体力もついてきました。

もし、七年前に折伏を受けていなかったら、私は、自立して生きていくことなど、とうていできなかったでしょう。それどころか、廃人(はいじん)になって、死んでいたに違いありません。 それが、今の医学で治すことのできない精神病、さらには身体の数々の病気も克服することができ、天職ともいえる仕事にも巡り合え、日々生命力に溢れた生活が送れているのです。本当に御本尊様のおかげだ、と感謝せずにはいられません。

また、今まで、数々の困難にぶつかった時に、親身になって励まし指導してくださった先輩方がおられたからこそ、こんな自分でも信心を続けてくることができたのです。本当にありがとうございました。 そして、この御恩に報いるべく、いっそう唱題・折伏に励み、必ずや、猊下様の御期待にお応えできるだけの御奉公をしてまいりたいと決意しております。ありがとうございました。(拍手)

■ご相談・お問合せなどは、こちら