|
極悪非道宗団・顕正会から日蓮正宗に帰伏させていただき、はや二年が経過しようとしています。この二年間での出来事で感じたことは、顕正会と妙観講では、何から何まで、まるっきり違う、ということでした。そのことも含めまして、今日までの体験を話させていただきます。
まず折伏についてですが、顕正会組織でも、「折伏」と称して勧誘活動を行っていました。それはおよそ大聖人仰せの「折伏」とはかけ離れた異常な勧誘でしたので、その実態と、日蓮正宗に入信してから体験した本当の折伏との違いを発表させて頂きます。
かつて自分が所属していた顕正会男子部第三隊は、勧誘の数では、常にトップ争いをしていたほどの部隊でしたので、顕正会の中でも特に過激な組織であったと思います。
まず顕正会の勧誘は、確定取りのことを「折伏の段取りを取る」といい、知人に電話して会う約束を取りつけることから始まります。約束当日には、先輩とともに待ち合わせの場所に出向き、相手に会うと、さりげなく今日の時間的余裕を聞き出し、拠点に連れていそうなら車などに乗せて連れていきます。
拠点に着くと、突然、他人の家に連れてこられて困惑している相手を無理矢理、説得して2階の部屋に連れこみます。
そして話が始まるのですが、その話とは日蓮大聖人の話と因果応報の話で、さらに浅井会長の指導を聞かせます。だいたい浅井会長の指導のあたりで、もろこれ以上、聞く必要がないと対象者は判断するのか、このあたりで帰ろうとします。
なにしろ当時の浅井の指導とは、「北朝鮮がミサイルを発射して日本が危なくなる」、「中国が侵攻してくる」というもので、その頃の自分は、この会長の指導は、現代人に最高にわかりやすく、かつ、生活に即していると本気で思っていましたから、勧誘の締め言葉として、必ず話していました。いま思えば、これが生活に即した仏法の話しなどでないのは明白で、声高々に言っていた自分は、ただの馬鹿でした。
この浅井の指導を聞いて相手が帰ろうとするか、またはやりたくない意思を明確にすると、会員の態度は豹変します。例えば「こんなに道理で話しているのに、理解しないとは、お前は畜生か!違うか!」などと怒鳴りつけます。相手が「畜生と言われても結構ですから、帰してください」などと言おうものなら、「やっぱり、お前は畜生なんだな!畜生なら服はいらないだろ!なんでお前は服を着ているんだ!服を脱いで、四つん這いになって、這って帰れ!靴もはくなよ!」と罵倒するのです。
この罵倒の中を、やっとの思いで2階から降り、これで帰れると思った可哀想な対象者ですが、しかし、そうは簡単にいきません。下では、出向き勧誘から帰ってきた幹部達が通路を塞ぎ、がっちりガードしていて、帰してくれません。数時間も監禁状態で、うんざりしている対象者は、また2階の元の部屋に戻されてしまうのです。
しかも今度は幹部つきで、聞きたくもない浅井の素晴らしさや指導を長々と聞かされます。このあたりで、対象者は気付くのです。「入信しなれば、家に帰してくれないのだ」と。だいたいこのくらいの段階になった頃には終電もありませんし、明日の仕事や学校のことを考えると、ずっとこうしているわけにはいきません。そこで、とりあえず「入る」といって、すぐに後で脱会しようと、入信してしまうのです。
このような入信経緯では、ほとんどの人が育つはずもありませんから、折伏を行なうのは、いつも同じような顔ぶれになります。ですから対象者として身近な知人・友人が尽きると、卒業アルバムや卒業者名簿の全学年に電話したりとか、あるいは電話帳で無差別に電話したり、もしくは「ランダム折伏」と称して、携帯電話のボタンを適当に押して、かかった相手と約束をするなど、ほとんど悪質なキャッチセールスのようになり、かなり強引です。
かける時間も非常識でした。特に、勧誘締切日の3日前ぐらいからは、夜中の2時だろうが、朝方4時だろうが、ノルマ達成のために電話をかけだす人が出てきます。かくいう自分も、申し訳ないことに午前2時に電話していました。当然、そんな時間にかければ切られてしまいますが、当の本人は、人が真剣に話そうとしているのに、電話を切るとは何事だと怒ってしまい、切られたところにもう一度電話し直して、「何切ってんだよ!」と脅しつけていました。
また、自分が顕正会を辞める寸前のことですが、当時、自分は班長という役職でしたが、連絡も入れずに会館にも行かないことが多くなりました。普通、班長になってしまうと連絡なしで会館に来ないということは、組織では許されません。案の定、幹部から電話がきましたが、疲労により寝込んでいた自分は出ませんでした。すると、留守電に「何で連絡しないんだ!このやろー!」と怒鳴り声が入っていました。家族も聞く留守電なのに、迷惑はなはだしい行為です。それから一週間ぐらい会館に行かないでいると、幹部が家の前で待ち伏せをしていましたが、自分もかつて班員さんに同じことをしていたので予測でき、幹部に拉致されることはありませんでした。
電話にも出ない、つかまらないとイラついた幹部は、家族に私への伝言を頼んだのです。その内容は「お前なんか、地獄に堕ちろ!」というものでした。なんという、ひどい団体なのかと思いました。
日蓮正宗に入信して、妙観講本部に通うようになってから、遅くに支部長にお会いすると、「帰りは大丈夫ですか?」といつも心配してくださり、部長も「連日だけど疲れは大丈夫ですか?」と声をかけてくださいます。幹事や先輩も本当に親切で、このようなことからも、正しい信仰と、邪宗との違いを実感しています。
折伏でも、対象者のことを思い、親切で丁寧に、相手にわかりやすいように話している妙観講の先輩の姿は慈悲に溢れていて、顕正会幹部のそれとは比較になりません。顕正会では対象者名簿を作ると、幹部が電話ボックスまでついてきて、マンツーマンで、半ば強制的に電話させられていましたが、妙観講では、共に励まし合い、自発的に楽しく折伏を実践させて頂いています。
また、顕正会の勧誘とは、あくまで組織の数を増やすのが目的であり、個人は完全に犠牲になっていました。そして、やればやるほど、罰で生活が破綻していくという恐ろしいものでした。
しかし、妙観講では大聖人様が御示しの折伏を教えていただきました。それは、折伏は、すべて自分自身の功徳となるというものでした。事実、折伏を実践してこのような大功徳を頂いたという体験発表をいろいろな会合で伺うことができました。
かくいう自分も、顕正会時代には罰から、5年間も「引きこもり」になり、対人恐怖症も患っていましたが、正しい信仰ができようになってからは、リストラの嵐が吹き荒れる大不況の中、三十年の人生で一度も就業経験のない私が、就職できたという大功徳を頂戴することができ、邪宗と正しい信仰の違いを、身をもって教えていただきました。
そして、そのような妙観講と邪宗顕正会との違いを目の当たりにして、一刻も早く会員を折伏しようと思い、顕正会の会館付近の街頭で折伏していきました。
そうしたところ、邪宗教の実態ともいうべき姿を見ることになりました。顕正会藤沢事務所から出てきた、駅に向かう二人組の婦人部会員に話しかけた時のことです。
はじめ、その二人は、「あなた達と話し合いをしても構いません」と言っていたのですが、話しの途中で、突然に何を思ったのか幹部の会員が「妙観講?あっ!わかった!そういうことか。あなたとは、話すことはない」と言い出し聞く耳をもたなくなりました。
仕方がないので、私がもうひとりの会員に話しかけると、その幹部は「そいつと目を合わすな!魔が移るぞ!」と騒ぎ出し、駅とは逆の出て来た事務所の方向に歩き出すのです。
私は追い掛けながら「逃げないで、話を聞いてください」と言うと、その幹部は「逃げてない!話したくないだけだ!」と、どんどん私から遠ざかっていきます。「だから逃げないで聞いてください」と私が再度言うと、幹部は「逃げていないし、話しも聞きたくない!なんでついてくるんだ!」と小走りになり、一緒にいた会員を置いてどんどんひとりで行ってしまいます。そして、気付くと私と会員が、すぐ後ろからついて行くという、なんとも奇妙な光景になっていました。
自分が面倒をみるべき会員を放って、自分だけその場を逃れてしまう。ここでも顕正会という団体の無慈悲さ、無責任さ、をみることが出来ました。
また、このようなこともありました。顕正会の中で横浜会館に通う会員は、近くの新横浜駅でよく電話をしています。そこで電話をしている会員に、話しかけた時のことです。会員に、浅井の国立戒壇論の間違いを指摘すると、「浅井センセーの仰せのままに実践してれば、間違いないんだ!もし、センセーが間違っていたら自分も地獄に堕ちても構わない」と言い出しました。よくいる浅井教に染まった男子部会員です。
何を言っても「唯一、御遺命を守られた浅井センセーが言われているので、間違いはないんだ」と聞く耳を持たないのです。
そこで私は、聞こうが、聞くまいが、そのまま話し続けました。すると会員は「お前、法華講だといったな!折伏はやっているのか!誓願はあるのか!あるのだったら誓願数をいってみろ!」」と、言ってきました。浅井から法華講は信心のない墓檀家で、折伏もできない≠ニ聞かされているので、会員はこのような発言をしてきたようです。
私はそれに対して、「誓願はあるし、答えることは可能だが、今は話の筋道が違う。本題の国立戒壇論の話しにもどろう」といいました。
すると会員は「誓願も言えない輩と話すことは出来ない。俺達は誓願に命をかけているんだ!」と大声で叫んできました。そしてその後も、彼は、勧誘ノルマを見つめて実践できるようになった自分を主張したいのでしょうか。何を話しかけても、「俺は、誓願に命をかけている」と連呼しています。
まったく話がすすみません。そこで私は、「あなた達は、100万になったら全てがわかる。顕正会の正しさが証明されると言っているが、その100万の誓願を何度も破っている浅井会長は、誓願に命をかけていないということなのですか?」と聞きました。すると会員は興奮して怒り、叫び出し、近くにいた幹部に、落ち着くようにと、注意を受けるという有り様でした。
自分から誓願に対する発言をしていながら、都合の悪い指摘をされると感情的になり怒り出す。まさに支離滅裂で頭破七分。邪宗教の害毒の怖さを垣間見るものでした。
それでも、続けて顕正会員を折伏していくなか、顕正会に疑問を持ち、こちらの話に耳を傾ける人があらわれる様になり現在までに、街頭で話しかけた2名の方の帰伏が叶いました。
また、今回、講頭より折伏講習会を開いていただきましたが、共に参加させていただいた班員さんが折伏の決意をし、対象者を呼んで、一緒に最終回の折伏講習会に参加したところ、その対象者は、その日の内に御受戒を受け入信となりました。
この折伏講習会ですが、本当に凄く、参加した班員さんの信心が次々に変わっていきました。ある班員さんは、「まるで自分が折伏されているようでした。疑問がどんどんな解明され、理解がどんどん深まりました」と話し、また、入信間もない班員さんは、「本当にわかりやすく。なぜ折伏しなればいけないのかが、よくわかりました。自分もこの仏法を知り合いに話していきます。」と語っていました。参加する前は、「折伏は自分にはまだ無理な話です」と言っていたのに、一度の参加で折伏実践の決意に立っているのです。本当に、班員さん達の変化には驚きました。
顕正会では、浅井が講義と称して話をしますが、なぜだかいつも眠くなります。
それが、なぜなのか。今改めて、この素晴らしい折伏講習会に参加させていただいて、あまりの内容の違いから、その答えがわかりました。あの浅井の妄想チックで支離滅裂な指導は、感動することもほとんどなく、真剣に聞こうとしても退屈で眠くなっていたのです。
余談ですが、幹部は、顕正会のK総合女子部長のことを賛嘆して、こう言います。
「あのように毎回、歓喜して浅井センセイの講義を聞いているのは、凄いことだ!」
今思えば、あの浅井の講義で毎回歓喜するのは、常人にはとうてい無理な難行で、たしかに凄いことなんだと思います。
話は元に戻りますが、昔、顕正会をやっていた仲間に対しても、部長や先輩に手伝っていただいて折伏していきました。
すると、顕正会の信仰が原因で、心に傷を残している人が多いことに気が付きました。例えば、顕正会の信仰の間違いを話すと、当時の体験が蘇って、胸が苦しくなり、長時間の話が出来ない人、また、当時の体験の悪夢を思い出さないように無理に努力していたら、当時の記憶がまるごと抜けてしまって思い出せない人など、とても気の毒です。
しかし、その人達も部長や先輩方の親切で慈悲溢れる折伏にふれて、無事に正宗信徒として帰伏することができました。今では8人の班員さんとともに、楽しく、また、のびのびと折伏や会合の参加等と、実践させていただいています。
もしも、あのまま顕正会にいたら、絶対に今のような信心の歓喜を得られることはなく、悲惨な人生を歩み続けていることは間違いありません。それどころか、不幸であるのに不幸と感じない、頭破七分の精神異常者になっていたと思われます。
本日よりは、このように自分の人生を救ってくれた素晴らしい日蓮正宗の信仰に入れたのだから、さらに精進の気持ちを奮い起こして、折伏の実践をしていく決意です。
|