妙観講レポート


病は仏の御はからいか
スキルス性胃癌から奇跡の回復
Nさん(男性・49歳)

「突然の癌宣告に……」

 私は、小学生の頃に創価学会に入会し、母親に連れられて、会合に参加したり、総本山にも参詣していくようになりました。
 しかし、学会内での池田に対する妄信に疑問を抱(いだ)くようになり、そのことから、男子部達と言い合いになるなどして、次第に学会から気持ちが離れていきました。  平成六年には、妙観講に移籍することができたのですが、学会時代の嫌な思い出に執(とら)われていた私は、組織に縛られたくないとの思いから、講中の会合には一切参加しませんでした。
 そのような状態を続けていた昨年五月、あるきっかけから癌(がん)の検査を受けたところ、大腸にポリープが見つかり、さらに胃癌であることがわかったのです。
  医者からは「手術をすれば大丈夫でしょう」と言ってもらったのですが、まさか、このようなことが自分の身に降りかかってこようとは思いもよりませんでしたから、まるで悪い夢でも見ているかのようでした。  
 ところが現実は、それ以上にたいへん深刻な状態だったのです。
 というのも、私の胃は、癌の中でも最も完治が難しく、生存率が低い、最悪のスキルス性の進行癌に侵(おか)されており、家族には、「もはや命は助からない」との宣告がなされていたのです。
 この時、本当のことは何も知らされていない自分でしたが、妻から常日頃、御本尊様の偉大さをたくさん聞かされていましたので、そのことを思い出し、「もう自分には御本尊様しかない」と素直な気持ちで御本尊様に向かい、唱題することができました。
 そして妻に誘われるまま本部に行き、平井出支部長に指導を受けました。 その日、支部長は、病を乗り越えるために、私がどのような信心をしていったらよいのかについて、事前に大草講頭に指導を受けてくださっていたとのことでした。その内容は、
 「病状が普通とは違うのだから、ただ勤行をしている、というだけではだめです。唱題も四時間以上行ない、折伏もしていかなければだめです。そのうえで、御秘符をお願いしましょう」 との、厳しくも、ありがたい指導でした。  正直なところ、折伏に対しては、とても抵抗があったのですが、現状はそのようなことを言っていられる場合ではありません。弱い気持ちを妻に勇気づけてもらいながら、折伏をしていきました。
 勤行も真剣にできるようになり、唱題も一日六時間、御本尊様に「助けてください」と、すがるような思いで唱えていきました。
 そのようにしていくと、不思議と不安な気持ちがなくなっていきました。また、妻と母が、私のために一生懸命に御本尊様に祈り、折伏をしてくれる姿を見て、本当にありがたいと思い、さらに唱題に励みました。  また、入院までの間に三十万登山にも参加することができ、記念大法要と初めての丑寅勤行に大変感激しました。  
 そして、いよいよ明日は手術という日、主治医から、胃の全摘出(てきしゅつ)と、胆嚢(たんのう)・脾臓(ひぞう)、さらにリンパ節まで切除(せつじょ)する大手術であり、体力がなければ手術に耐えられない、との説明を受け、この時、初めて自分の病気がただごとでない事に気がついたのです。  しかし、気持ちはとても冷静で、事実をしっかりと受け止めることができました。このことも御本尊様の功徳であったと思います。  そして、通常は十時間以上もかかる大手術ということでしたが、私の場合は七時間ほどで無事終わりました。

「壮絶な闘病生活の中、御本尊様への信を培う」

 ところが、術後、順調に回復し、もう少しで退院という時になって、事態が急変しました。突然、高熱が出て、危険な状態に陥(おちい)ってしまったのです。  それは、手術の際に、すい臓の被膜(ひまく)を剥(は)がしていたのですが、その薄くなった部分からすい液が漏(も)れてしまい、すい液が溜まったところが感染して、膿(うみ)の溜(た)まりができたことによるものでした。  直ちに膿を体外に出す処置をしたのですが、これがいっこうに良くならず、病状は、さらに深刻な状態となっていきました。   
 さらに、病理検査で、癌細胞が胃の外部まで飛び出して、切除したリンパ節にまで転移していたことがわかったのです。この時点で、主治医は癌の転移を強く疑ったとのことでした。  
 その後、膿の癒着(ゆちゃく)により大腸に穴があき、便が漏れる、という事態にまで陥ったのです。  
 そこで、大腸に空いた穴を塞(ふさ)ぐのと、膿を取り出すため、体力の回復を待って再び手術をすることになりました。  
 しかし、膿の溜まりをおなかに抱えているため、高熱が出ると、バイ菌が体中に回って、手術するまでに命を落とす恐れがある、という危険な状態でした。  
 主治医からは「熱を出さないように」と何度も注意をされたのですが、私にはどうすることもできません。ただ、ひたすら御本尊様にお願いするしかありませんでした。  しかし、ここでもまた御本尊様の御加護をいただくことができ、熱を出すことなく、無事に二度目の手術を終えることができました。  
 手術後の主治医の説明では、大きくなった膿が横隔膜(おうかくまく)にまで達し、そこにも穴が開いていたとのこと。その様な状態にありながら、熱が出なかったことは本当に不思議で、御本尊様に護られているのだと、あらためて確信いたしました。  
 しかし、その後、私の宿業はまだまだ本当に重いのだ、と思い知らされることになりました。  
 今度こそは、順調に回復していると思ったのも束(つか)の間、今度は大腸の穴を塞(ふさ)いだ所が縫合不全(ほうごうふぜん)になってしまいました。漏れたすい液で、手術の際の糸が解けてしまったのです。  
 縫合不全は、手術以外に治す方法はありません。しかし、私の場合は二度も大きな手術をしているため、もう手術に耐えられるだけの体力がなく、手術は不可能でした。  
 主治医もこの時ばかりは、どうなるのか、わからなかったそうです。   
 この時は、さすがに私も目の前が真っ暗になり、崖から突き落とされたような思いでした。  
 しかし、それもすぐに立ち直ることができました。これほどまでに、いろいろなことが起きてくるのは、自分の罪障が絞(しぼ)り出されているのだ、と思ったからです。  
 私の精神的ショックを心配した看護師達が、何度も労(いた)わりの言葉をかけてくれたのですが、私はキッパリと「日蓮正宗の信仰をしていますから大丈夫です」と話すことができました。  
 時には弱い気持ちになることもありましたが、小川御住職に、何度も当病平癒(とうびょうへいゆ)の御祈念をしていただくと、その都度に、御本尊様に護られていることを実感させられる現証が起きたのです。  
 この頃より、御本尊様に対する確信が日々強まり深まっていきました。どんなことがあっても勤行だけは欠かすわけにはいかない、と思い、意識がもうろうとしている中でも、何時間もかけて勤行を行なっていきました。

「絶望的な縫合不全、しかし自然治癒力が完治」  

 そして、手術ができない大腸の縫合不全については、今まで全く前例がないことながら、自然治癒(ちゆ)力による回復を待つことになったのです。結果的にはどうなるかわからないが、長期に時間をかければ自然に治っていくはずである、との主治医の判断でした。  
 しかし、その間、食事は一切とれず、点滴だけの状態で長期間拘束(こうそく)された状態を強いられるため、精神的に耐えられないということでした。主治医はとても心配し、何度も私に声をかけて精神状態を確認してくれたのですが、私は、さほど精神的にまいってしまう、ということはありませんでした。  その後、病状は回復へと向っていき、半年間の長期入院でしたが、遂(つい)に完治することができ、無事、退院となったのです。  
 主治医は、土日の休暇を返上してまで私の治療に当たってくれたのですが、「昨日の夜は中嶋さんのためにビールで乾杯させてもらいましたよ」と治療が成功したことを大変喜んでくれました。  
 そして、「自然治癒力の不思議さを非常に感じると共に、物事を前向きに捉えている中嶋さんだからこそ、これほど大変な事態を乗り越えられたのだと思います。私が中嶋さんの立場だったら、おそらく乗り越えられないと思います」と言われ、この事例を医学会に発表するとも言われました。  
 思えば、昨年五月にたまたま検査を受けていなければ、確実に手遅れになっていたことでしょう。また、良い医師を紹介されたこと、主治医の判断、治療の成功、すべてが御仏智であったとしか思えません。  
 先月、精密検査を受けましたが、癌の数値が全く無くなっており、正常の人と変わらないと言われ、その後すぐに仕事に復帰することができました。医者からは薬も飲まなくて良いと言われました。  
 私は、早くに御本尊様に巡り会っていながら、その有り難さがわからず、今回、病を得たことで、初めて信心の大切さを知ることができました。  
 この体験を生涯忘れることなく、師匠・先輩方について頑張っていきたいと思います。

 
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